茶数寄の旅 京阪神 2013秋 7 大徳寺玉林院(洞雲会月釜)

茶数寄の旅 京阪神 2013秋


7 大徳寺玉林院 洞雲庵 (洞雲会月釜)


今回の京阪神の旅が16日を含んでいた
なので
大徳寺の塔頭、玉林院の月釜に行ってみた

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10時頃の到着
「懸釜」の札の掛かった門を潜り
奥へと進む
方丈の一室で受付を済ませ
隣の部屋に通ると、そこが寄付
堀内宗心宗匠の画賛の下には箱書がズラリと並んでいた
ご亭主は表千家流の方なんだな

「光悦会」の直後だからか?
人出は少なく
東京の大寄席茶会と全く違って
静かでいいな

気持のよい露地を通って
今日の本席、洞雲庵に入る

全部で十畳の広さで
八畳に
一間半弱の洞床と
床脇の台目畳が付いて
台目畳の向うには持仏堂が付いている
という形式
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参考画像(wwwより):
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客が多い場合には
茶道口の位置を
角でなく
もう一枚の襖の方にする
ってのもアリなんだな




追記:

この洞雲庵、
江戸中期以降の好みかな、となんとなく思っていたけれど
後に聞けば、
桑山宗仙の好みの茶室なんだとか*

桑山 貞晴
洞雲と号す
豊臣秀長・豊臣秀吉・徳川氏に仕えた武将
利休の実子、千道安から「一畳半の秘事」を授かり、三千家とは別の流れで利休の茶の湯を後世に伝える役割を果たした茶人
彼の弟子が片桐石州
石州流は江戸時代を通じて将軍家の流儀となり、柳営茶道となった

利休流と石州流の間をつなぐ彼の茶室
どこまでが実際に桑山宗仙の好み・指図によるものか*
・半間に大きな下地窓の付いた洞床
・床脇の丸窓(持仏堂?)
などユニークだ

僕は、宗仙・石州の茶杓が好きだ
なので、この茶室にも、改めて興味が湧いた



追記2:

確かに洞雲は桑山宗仙の別号だけれど
茶室そのものは、表千家ご先代、即中斎宗匠によるそうだ

http://www7.ocn.ne.jp/~gyokurin/shourin/shourin_55.htm
http://kyoto.areablog.jp/blog/1000013546/p10826078c.html

だよな
桃山・江戸初期っぽくないもんな


追記3:
wikipediaに以下のような記載あり

洞雲庵 - 桑山宗仙千利休の息子・道安の門人、片桐石州の師)の建立したものを、昭和19年(1944年)に再建したもの。

さて
洞雲案は桑山洞雲(宗仙)好み?そうではない?
どっちだ?
今後もちょっと気にかけていよう、っと



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by so-kuu | 2013-12-02 22:00 | 茶室 | Comments(0)
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