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映画『利休にたずねよ』にみる趣向というもの

映画『利休にたずねよ』を観た


いろいろなエピソードが並べられて
それが田中与四郎宗易という人を伝説の茶人・千利休にしていく
という、いわゆるいつもの感じ

資料にみられるものもあり
そうでないだろうものもあり

趣向、趣向のオンパレード

茶の湯というのは小洒落た趣向をこらすもの

という一般のイメージや茶道人の思い込みは更に広がっていこうか


かならずしも趣向など持ち込まずとも美しい茶の湯は出来るんだけれど


どうなんだろう?


そういう趣向ってのが

こうるさかったりしないかなあ?


どういうのは喜ばれて、また楽しくて

どういうのは小賢しくて、また野暮ったくて

どういうのは面白くて、またつまらないんだろう?


趣向趣向ということにちょっと嫌気がしている今の僕には

ちょっと上手にジャッジ出来ないことかもしれない
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by so-kuu | 2013-12-31 00:18 | 茶事 | Comments(3)

“クリスマスの茶” におもう (季節ということ、趣向ということ)

クリスマス・ケーキが安売りになっていた
廃棄されるものも相当になるんだろう
日本のクリスマスって何なんだろう?


さて


“クリスマスの茶” 


というものに
僕は
どうも
馴染めない


茶の湯にクリスマスを持ち込む、って面白いんだろうか?

それとも
クリスマス・パーティーをする、というのが先にあって、それを茶の湯でしよう、っていう順なのかな

あるいは、
12月に茶会をするんだけど、季節・趣向は、何がいいかな?この時期ならやっぱりクリスマス?、といったことなのか


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茶席の和菓子で
クリスマスツリーを象りました(実際やけに写実的だったり)、とか
緑に赤に(プラス金銀まぶしたり)、とか
銘は「聖夜」でございます、とか

京都・聚洸さんの和菓子とは対極にあるような和菓子たちだ)


僕にはよくわからない





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世間では盛行のようなので
きっと僕の方が少数派で
僕の方がかわった感覚の持ち主なのかもしれないけれど


茶の湯、という以前に
クリスマスというものを、ステキなイヴェント、と思っていない僕には
そもそもクリスマス自体が遠くの騒ぎなのかもしれないな

また
クリスマスを歳時記のひとつ、と思っていない
クリスマスより「冬至」の方が僕にはずっと嬉しいことだ





考えてみれば


茶の湯において、
とかく、季節、季節というのも
とかく、趣向、趣向、というのも
自縄自縛になっている、と感じる時がある


お茶には季節感を盛り込まなければいけない、と思い込んでいたりする
お茶では季節を趣向として表現しないといけない、と思い込んだりする

季節、季節、趣向、趣向、と言って、
要らぬことをわざわざ持ってきて、取って付けたりする

そもそも、そんな縄はないのに

また
季節を盛り込めばそれでOK
趣向を盛り込めばそれでOK
という節もないではないような気がする


「季節ですねー」

「... so what?」



どの今も、季節の中の、今、なのであって

それを表現するのは、当たり前と言えば当たり前
(表現せずともあらわれているとも言える)


肝心なのは、で、何なのか、だ


ここで
茶の湯創成期のオリジナル数寄者たちのやった茶の湯をひもといてたずねてみると
現代に言うほど、季節だとか趣向だとか言っていない
(というか安っぽい趣向に走っていない)

季節は暮らしの中で十分に感じられていたから、わざわざ茶室に持ち込む必要もさほどなかっただろうし
(このことは堀内宗心宗匠も言っておられる)
趣向を大上段に構えることもなく、すらりとお茶をしていたように感じられる

作分・作意、ということは大いに重んじられたけれど、
それは、現代のいわゆる茶道ような形に嵌ったもの、陳腐化したものではなく、
茶人それぞれの独自の創意工夫が十分に表れたものを、
数寄出来たり!と褒め讃えたものだ
自分ならではの茶の湯を成し得た人が茶人としての名を取った

野暮ぼったい季節感の演出や、趣向くさい趣向は、ぬるい茶とされ、相手にされず、記録に残ることもなかったんだろう


季節ということ、趣向ということには、気をつけたいものだ


僕は

まず

なんでもない茶の湯をしよう


茶事により趣向を凝らすなら凝らすで

根本のところを忘れないようにしよう



地に足をつけて

空をみあげよう


冬至を過ぎて

空は澄み

月は冴え渡っている

太陽はまた高く昇りはじめている


この季節

クリスマスより

僕は自然そのものをたしかに見つめていたい



(メモ)




他所さんがどんな茶の湯をしようと、それはそれで結構なことだ
*それぞれが好きな茶の湯をして楽しめばよいのだから
趣味の通うもの同志呼んだり呼ばれたりして共に楽しめばよいのだから

*ではなぜこんなことをメモるのか?と言えば
「直心」ということとも通じるかもしれない
一会において主客が互いの心を伝えあい、汲み取り合い、分かち合う
*その前提として、それぞれの茶人が自分の足で立っていないと、と感じる
*一会においては、主客共に、心に嘘がない、偽りを語らない、ということも大切だろう、と感じる
*私はこう思う、ということがなくては、茶の湯は成らないだろう、と感じる
主客が一致する場合もあって、しない場合も多々あって、その上で和していくことが大事だと考える
*「かまんかしやうかわるき事にて候、又ハ、かまんなくてもならぬ道也」
*さて如何せん?
*リアルに歩んでいこう
「直心是道場」なり
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by so-kuu | 2013-12-26 22:29 | 茶の湯歳時記 | Comments(0)

冬至 (といううれしさ)

この季節

巷のいわゆるクリスマス・ムードを尻目に

僕には

冬至

ということが嬉しい


クリスマスは僕には遠い話だ

お付き合いする義理もない



けれど


今日

冬至の日に

太陽が復活する


低く下がっていた太陽は境を境にまた高く昇り始める

短くなっていた日も今日を境にまた長くなってゆく


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夏に燃え秋に散り冬には停止するかの命たちが

また再びその生命の熱を取り戻してゆく


そんな

今日


冬至ということ

が僕には実にうれしいのだ





関連:


「春は花とみな人ごとに昔よりいへどもわれは茶の目うれしき」 (千宗旦)
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by so-kuu | 2013-12-22 22:00 | 自然ということ | Comments(0)

茶数寄の旅 京阪神 2013秋 目次

茶数寄の旅 京阪神 2013秋


目次


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***

有次
鳩居堂
柳桜園茶舗
松屋常盤

楽美術館 利休/少庵/元伯/千家の時代と長谷川等伯「松林架橋図襖」修復完成記念特別展示
表千家北山会館 少庵四百年忌 千家二代 少庵ゆかりの茶道具展
☆竹茶杓 千少庵作 共筒 如心斎替筒

***

大徳寺玉林院(洞雲会月釜)
大徳寺高桐院(茶室 松向軒)
大徳寺聚光院
大徳寺孤篷庵

紫竹庵
紫野和久傳 大徳寺店
松屋藤兵衛
聚洸

茶道資料館 華やぎの九州陶磁
本法寺
北村美術館 夕ざりの茶

千歳屋菓舗

野村美術館 開館30周年記念名品展Ⅱ
☆熊川茶碗 銘 霊雲
大西清右衛門美術館 初代浄林・二代浄清

國島器械株式會社

室町和久傳
河原町高島屋デパ地下

***

滴翠美術館 茶陶を賞でる
香雪美術館 茶人 村山香雪
逸翁美術館 小林一三と松永安左エ門 逸翁と耳庵の名品コレクション

***



(詳細追って・・・)
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by so-kuu | 2013-12-06 23:45 | 茶道具 | Comments(0)

茶数寄の旅 京阪神 2013秋 7 大徳寺玉林院(洞雲会月釜)

茶数寄の旅 京阪神 2013秋


7 大徳寺玉林院 洞雲庵 (洞雲会月釜)


今回の京阪神の旅が16日を含んでいた
なので
大徳寺の塔頭、玉林院の月釜に行ってみた

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10時頃の到着
「懸釜」の札の掛かった門を潜り
奥へと進む
方丈の一室で受付を済ませ
隣の部屋に通ると、そこが寄付
堀内宗心宗匠の画賛の下には箱書がズラリと並んでいた
ご亭主は表千家流の方なんだな

「光悦会」の直後だからか?
人出は少なく
東京の大寄席茶会と全く違って
静かでいいな

気持のよい露地を通って
今日の本席、洞雲庵に入る

全部で十畳の広さで
八畳に
一間半弱の洞床と
床脇の台目畳が付いて
台目畳の向うには持仏堂が付いている
という形式
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参考画像(wwwより):
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客が多い場合には
茶道口の位置を
角でなく
もう一枚の襖の方にする
ってのもアリなんだな




追記:

この洞雲庵、
江戸中期以降の好みかな、となんとなく思っていたけれど
後に聞けば、
桑山宗仙の好みの茶室なんだとか*

桑山 貞晴
洞雲と号す
豊臣秀長・豊臣秀吉・徳川氏に仕えた武将
利休の実子、千道安から「一畳半の秘事」を授かり、三千家とは別の流れで利休の茶の湯を後世に伝える役割を果たした茶人
彼の弟子が片桐石州
石州流は江戸時代を通じて将軍家の流儀となり、柳営茶道となった

利休流と石州流の間をつなぐ彼の茶室
どこまでが実際に桑山宗仙の好み・指図によるものか*
・半間に大きな下地窓の付いた洞床
・床脇の丸窓(持仏堂?)
などユニークだ

僕は、宗仙・石州の茶杓が好きだ
なので、この茶室にも、改めて興味が湧いた



追記2:

確かに洞雲は桑山宗仙の別号だけれど
茶室そのものは、表千家ご先代、即中斎宗匠によるそうだ

http://www7.ocn.ne.jp/~gyokurin/shourin/shourin_55.htm
http://kyoto.areablog.jp/blog/1000013546/p10826078c.html

だよな
桃山・江戸初期っぽくないもんな


追記3:
wikipediaに以下のような記載あり

洞雲庵 - 桑山宗仙千利休の息子・道安の門人、片桐石州の師)の建立したものを、昭和19年(1944年)に再建したもの。

さて
洞雲案は桑山洞雲(宗仙)好み?そうではない?
どっちだ?
今後もちょっと気にかけていよう、っと



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by so-kuu | 2013-12-02 22:00 | 茶室 | Comments(0)

すさまじき正客と遭遇 (何段目? 何代目? 会記見なかったけど判った 私もこれ持ってる)

先日の京都でのお茶会


ご亭主は立派なお数寄者さんだった
堺よりいらして、
お菓子は南蛮餅
お道具は千家ゆかりの品々(詳細は慎む)
ご亭主振りもステキだった
いいお席だった



お正客さんが
連客の度肝を抜くような方だった


旅の思い出(?)に、貴重な体験として、メモっておく


---


何がすごい?って

お道具通で通っているらしいんだけれど
とにかく席入りから退出まで
これは誰誰だことの
何代目がどうだことの
誰誰の何代目が何だかんだことの
ずっとしゃべくり通すのだ


席入りして、一同が座に着いた途端、
静けさを破って、いきなり

正客「これ、キセル、浄益、○代目やね・・・ほんで、莨盆は誰それでな・・・」


その正客を見知っている三客の男性(京都のお茶人さん)が
たまらず、釘をさす

三「まあ、道具屋の集まりやないんさかい、その辺で」

正「あら、まあ、そやね、エヘン」

で、ようやく、襖が開いてご亭主のご挨拶と相なった

その挨拶も
これまた
時節の挨拶やなにやはそこそこに
道具の話に持ちこむこと

大寄席茶会では話題が道具中心になりがちなことは仕方ないとしても、
何ていうんだろう?
えげつないんだよな、話し振り、客振りが


蒔絵の菓子器(喰籠)が回ると

正「ご亭主、こりゃ、伊勢物語やねぇ・・・」

亭「さようで・・・」

正 すかさず「で、何段目?・・・何段目ですの、伊勢物語の?」

亭「何段目と言いましたら、何段目でしたっけね・・・」

「ま、何段目でも行けそうですわな、これなら。」

(なら、ええやん、訊かんかて)


「で、これは宗哲さん?五代目でしょう?そうでしょう。そうやわ。」

正「あ、私、寄付のお会記見てへんかったけれども、そうやわ、やっぱり五代目宗哲やわ、上手やもんね、五代目は、やっぱりちょっと違うわぁ・・・」

(私は判った、という話が延々と続く ・・・ ホンマは見てたやろ、ばっちり会記、寄付で)


堆朱と言えば、

正「ええですねぇ、私、好きですねん、堆朱。ほら、私、大学で中国史専攻やったさかい。」

(一同 「知らんわ!」)

ご亭主たまらずチクリ「はあ・・・ウチなんか自分の国のこともようわからんですけど、まあよその国のことまで勉強しはって・・・」


決め手は、これだ

茶碗が回ると

正「結構な御茶碗で・・・やっぱり○○の××はええですね・・・私も持ってますけど(ドヤ顔)


!!!

ワタシモモッテマス?

ワ タ シ モ モ ッ テ マ ス ??

ワ・タ・シ・モ・モ・ッ・テ・マ・ス???

!!!


頭がグラグラしてくるようだった


さて

茶席において、
客になって、
ご亭主に対して、

「私も、これ、持ってる」と言う人は、茶人だろうか?


すさまじ


これだから、イヤなんだ

大寄席茶会って

いわゆる茶道の世界って


大徳寺の玉林院の洞雲庵に静かに座って

こんな話を訊く羽目になるとは・・・


でも


こうしたイヤなものごとを

残念ながら

京都だろうが、大阪だろうが、東京だろうが

ちょいちょい、目にし、耳にする



関わらないようにしよう、っと


さっぱりと清々しく

茶の湯を遊びたいもの








追記:


正客、席の最後の挨拶では、

正「まあ、すばらしいお席でありがとうございました。私、今日のこの感動を歌にしましたので、扇子に書いて差し上げますわ。もう出来たんです、ちょこっと後で書いて、お渡ししますんで」


(ご亭主の顔見てみい?)

(そんなもん、誰が欲しいねん?)





追記:

三客さんはご夫婦で来ていて
後で別の美術館でバッタリお会いした
お二人のもとには沢山の方が挨拶に来ていたから
知れたお茶の先生なんだろう

ぼくが挨拶するなり・・・

夫「あー、さっきは、ごめんなー」
婦「東京からいらした言うてはりましたけど、あんなんが京都のお茶や思われたら、かなん(叶わん)わー」
夫「ありゃ、「大阪名物」や」
婦「いや、そら、大阪の人に叱られますわ」
夫「そやな、それにしても、災難やったなー、うちらも、寄付で顔合わした時点で、あぁ、て言うてたんや」
婦「それでも、次の予定もあるし、今日は外れやと思うしかあらへん言うてなー、せやかて、ひど過ぎやったわ」
夫「ご亭主もなあ、もう少し、ピシっとたしなめてもええんやけど、まあ、しゃあないわ、客があの人やから」
婦「言うたかて聞かへん、って、ていうか、効かへん、って、そんなん、あの人には」
夫「せっかく遠くから楽しみにきたのに、なんか申し訳ないようやわ・・・せや、高台寺のチケットあるから、差し上げるわ、これで堪忍・・・」


いやいや、お気遣い頂き、ありがとうございました

いろんな方にお会いするのも勉強ですね
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by so-kuu | 2013-12-02 21:50 | 茶人 | Comments(0)