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ひるがおにはち (マイ歳時記 小満2013)

爽やかな朝

昼顔の花に



長雨近し

今に働け
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by so-kuu | 2013-05-28 07:35 | 自然ということ | Comments(0)

満ち満ちている (マイ歳時記 小満2013)

雨が過ぎ

晴れ続き


満ち満ちている


道々に


つつじ

どくだみ

バラ

クレマチス


遅いたんぽぽの黄色も鮮やか

あじさいは黄緑のまま萼を開いた

桜はいよいよ青葉

常緑樹も密かに花を咲かせ新芽をつけている


ひるがおの蔓が空に向かって伸びている

気付けば明日が旧暦卯月の満月か


満ち満ちる頃だ
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by so-kuu | 2013-05-24 12:22 | 自然ということ | Comments(0)

細川三斎の茶 その5 茶碗 瀬戸「よびつぎ」 珠光天目 黒楽「おとごぜ」 (永青文庫)

永青文庫の
「細川三斎の茶」展
書状・釜・茶杓が特に見もの

かつ、
他にも優品多数・・・

茶碗もよかった


☆古瀬戸茶碗 「よびつぎ」

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渋紙手のような瀬戸釉に
染付の継ぎ
継ぎ目は漆(金をのせていない)

異質の組み合わせにして、奇異でない
コントラストが素晴らしく、かつ、すんなりと収まっている、
ってところが見事と思う


この時代のお茶人たちに混ざりたかったなあ、としみじみ思わされる

いや
とやかく言うまい

とにかく

実に好きだ
大好きだ
マイ名物



替え茶碗にこんなの使ったら洒落てるなー
といつも思う


・粉引茶碗 「大高麗」

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粉引の手
かなり大ぶり

この辺の茶碗が珍重された、
というのが、三斎当時っぽいな

*「大高麗」には、他に徳川美術館所蔵の大井戸手茶碗も有


○柿の蔕茶碗

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無銘で
地味だけれど
いい出来だと思う


○灰被天目 「珠光天目」

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小振りの天目茶碗
侘び茶の粗、と仰がれる、伝説の茶人、
村田珠光所用、と伝わる一碗

確かに、渋い
侘び、って感じ、と言えば言える

でも、
侘び茶なら、
中国産の天目茶碗など使わなけりゃいい話

利休の侘び茶が全盛の頃でも、
細川三斎は、天目茶碗が欲しかったのかな?

師、利休が顕彰する村田珠光の道具を、持って置きたかった、ということかな?

それとも、
利休もその茶の湯キャリアの前半ではずいぶん天目茶碗を使っている、
ということを考えると、
利休・三斎当人たちは、今日の僕らが今思うほど、侘び茶だ侘び茶だ、とは言ってなかったのかも
あるいは、この手の天目茶碗を用いて、その当時としての侘茶の湯をしていた、ということか
もしくは、もっと時代が下って、利休亡き後、いわゆる武家の茶、御成の茶などのために、天目茶碗が入り用だったのかも

(この辺を考えるには、それぞれの道具が、いつ、誰の時代に、どういう経緯で、細川家の蔵に入ったか?ということを検証する必要があるな)


△黒楽茶碗 「おとごぜ」

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黒楽で、
口に特徴あり
大きく波打ちながら一周し、
内抱えが際立つ
胴締めも曲線的で
腰は丸い

長次郎作、だという

これ、本当に、(初代)長次郎作だろうか?

一見して光悦のよう
一入っぽいね、というひともいた

けれど、

三斎が長次郎に発注して、ともきくけれど
資料があっての話か?伝承か?

いわゆる長次郎作、
特に利休好みの長次郎の作
「作為の無い「歪み」が侘び茶を追求する利休の思いに適った」んだろうと僕も思う)
とは、
ずいぶん感じが違う
例えば、
利休時代の長次郎作とされる中で、
結構動きのある方の「俊寛」

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と比べても、
より一層動きがあり、まろんとした作ゆき

また
釉薬についても
ちょっと違った感じに見える

「長次郎」
については
かねがね感じていた

有る程度判っていることらしいけれど
「長次郎」って、ひとりじゃないんだよね

・初代長次郎
宗慶
・宗味
常慶
・二代長次郎
などが、
「長次郎」の窯場で、
一緒に作業していたらしい

いわゆる「長次郎」にも、いろんなタイプがある、
というのは、自然なことかも


ところで、
初代長次郎は、
天正17年(1589年)に亡くなったらしい

その天正17年(1589年)までに、
細川三斎は、
この黒楽茶碗「おとごぜ」を、
初代長次郎に発注し、作ってもらって、手にしていただろうか?

僕の推測(資料などの根拠ななし、ただの妄想)では、
答えは、ノー、だ

利休の死後、
初代長次郎の死後、
そして、それら以上に、豊臣(羽柴)秀吉の死後も、
三斎(羽柴与一郎)は生きて、
関ヶ原の戦いや、大阪の陣や、
織部切腹や、
領地替えや、
諸々を乗り越え、
時代の変化の中をサヴァイヴしていった

もちろん、
利休の死後にも、
茶の湯をし、
織部や有楽や、
遠州や宗和や、
あるいは、本阿弥光悦や、
そういう新世代の茶人とも交わったはず

三斎と言えば、
“利休の茶風を墨守した茶人”
とばかり言われるけれど

それも一面であり、
また違った面もある、
と考える方が自然だと思う

この「おとごぜ」は、
いわゆる利休時代より後に、
織部や光悦の茶風にも触れた三斎が、
または、自身の好み・気分で、
二代目長次郎、または、もっと後の楽家にオーダーして焼かせた茶碗では?
と僕は感じる

あるいは、
発注した、ということ自体が史実ではなく、
誰かが、こういう形に作った茶碗を、三斎が気に入って求めた、
ということかもしれない

あるいは、
僕の推測は間違っていて、
この「おとごぜ」などが織部・光悦に影響を与えて、
後に、光悦の楽茶碗などが生まれていった可能性も、
そりゃ、あるかも

さて、事実は?

どうでもいいか

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by so-kuu | 2013-05-22 20:13 | 茶道具 | Comments(0)

細川三斎の茶 その4 出雲肩衝茶入・利休尻ふくら茶入 (永青文庫)

永青文庫の
「細川三斎の茶」展
書状・釜・茶杓が特に見もの

かつ、
他にも優品多数・・・


◎出雲肩衝茶入

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瀬戸肩衝茶入の中でも
屈指の名品のひとつだろう
カチッとした肩は尖って反りがあるくらい
口の捻り返しは高くないけれどカチッとしている
すとんと寸胴
わずかに尻張
轆轤目が何筋か走っている
畳付近くが大面取
鶉斑の釉
さほど大きくはないけれど厳つさも有
蓋のツクは扁平

ザラめいた感じあり
カリッと男性的だな


◎利休尻ふくら茶入

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利休所持と伝わる
唐物
いわゆる茄子形
銘の通りふっくら下膨れのナリ
口まわりは、滑らかにえぐれて(?)いるのがユニーク
釜で例えると「田口釜」のような格好だ
胴の真ん中よりやや上に胴紐がめぐる
大きくはないけれど、ふくよか
黒紫に艶めく釉も特徴的
蓋のツクが器形とほぼ同じなのが面白い

たおやかで、ゴージャス
女性的、マダムって感じかな


*今回の展示では
・出雲肩衝茶入
・利休尻ふくら茶入
を隣に並べたのがよかった

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キャラが好対照
それぞれの魅力を、互いに引き立て合っている、と感じた

この二つをコレクションする、というのがまたいいな

(以前観た展示、青磁茶碗「馬蝗絆」と井戸茶碗「喜左衛門」を並べた展示を思い出した)


大変結構でございました

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by so-kuu | 2013-05-21 12:24 | 茶道具 | Comments(0)

細川三斎の茶 その3 高山右近の書状 (永青文庫)

永青文庫の
「細川三斎の茶」展
書状・釜・茶杓が特に見もの

かつ、
他にも優品多数・・・


◎高山右近書状 細川三斎宛

消息という茶道具
僕は基本的に好きではない

覗き見しているようでなんだか悪い気がして

ただ、
このお手紙を読んだら、
こりゃ、ちょっと泣けた

高山右近(南坊)は
細川三斎と共にいわゆる「利休七哲」にも数えられる数寄大名であり
キリシタン大名の代表でもある
洗礼名は、ジュスト(ユスト)
秀吉の伴天連追放令の後
加賀・前田家の客将となっていたが
ついにはマニラ行きの船に乗ることとなる
その直前に
細川三斎に宛てた
そう
別れの手紙だ
楠正成の辞世を引いている

こんなものを僕が読んでいい、
とは思わないけれど

本人自筆の手紙からは
そりゃ、
いろんなことが
匂い立ってくるようだことだ


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by so-kuu | 2013-05-21 12:00 | 茶道具 | Comments(0)

細川三斎の茶 その2 茶杓 (永青文庫)

永青文庫の「細川三斎の茶」展

書状・釜・茶杓・花入など
みもの、優品多数


で、茶杓について書き留める



(会記中展示替えあり)

まず、前期展は・・・


●細川幽斎
●細川三斎
●古田織部
●小堀遠州
●千宗旦
●千利休

の作が一度に見られる
それぞれの作行き・個性がよく判る、有難い展示

●茶杓 細川幽斎作 16c

小振り、細目
すんなり
古風と言えば古風


●茶杓 銘 くろつる写し 細川三斎作

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有名な一本
利休作「くろつる」を写したもの、とか
実に素直な作り
切止から中節を経て櫂先へと向かって、作意なく、素直にすーっと広がっていくような形は、利休、及び利休門の茶杓の一典型だろう
この作にもそれが表れているように思う
露も撓めも自然な丸み


●茶杓 銘 さかひ 古田織部作

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これまた利休門的と言える一本だろうと思う

織部と言えば、利休の逆張り、
桃山時代的で、ダイナミックな、
“ひょうげもの”の印象が、昨今多く語られがち

けれど

こと茶杓をみると、
利休の形をほぼ踏襲しているものが多い

その上で
逆樋や、高い蟻腰や、ことさら深い薬研樋の竹など、竹材をより吟味して用いるところに、個性が漂っているように思う
(竹材吟味は、織部の弟子の遠州では、ずいぶんエスカレートした形となったものだ)
(千道安からの流れを汲み、織部を通っていない片桐石州は、やはり美竹追求路線に行っていない、というのも面白い)

この「さかひ」
オーソドックスでスラリとした作
撓めがやや直線的というか二重撓めに近いというか
また枉げの先が長めなのも特徴か
その辺の微妙なディテールが、茶杓全体に、大らかさ・雄大さ・男性的な印象を与えているように感じる


●茶杓 銘 安禅寺 小堀遠州作

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ね、珍しい竹でしょう?って感じ
なんといっても、節辺りに穴が走っているのが見せたい所なのだろう
穴が終わっても切り止めまで樋が通っていて、断面はU字形だ
筒にはお得意の歌銘もバッチリぎっしり
こういう、これみよがしなの、苦手


●茶杓 銘 小木刀 千宗旦作

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千家三代・元伯宗旦の茶杓
やや小振りで直線的な削りが、いかにも小木刀
折撓め
直腰
この時代の作としては身がやや厚め
切止は二刀(に見える)
削りもスカスカとした勢いが感じられるようだ
好印象
実にスカッとして気持ちがいい
こういう茶杓、今度削ってみようかな


●茶杓 銘 ゆがみ 千利休作

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あえて一番最後に書く

利休作

例によってすらりとしている
そしてなんとも言えない艶めかしい感じがする
僕の観る利休茶杓の特徴かもしれない
丸撓め、丸櫂先
但し
節下が左に曲がっている
で「ゆがみ」

これを“作意”ととるか?
または“竹に素直につくった”ととるか?
受け取り方は分かれるところかも
作り手の意図は今や知れないし
まあ、どっちでもいいけれど

利休作だから、と尊ぶ人は多いのだろうけれど
僕個人としては、ここまで曲がってると、ちょっとうるさいな




以下、後期展

かなり展示替え有



●細川幽斎作 「鶴」

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これもやや小ぶり
すんなり
蟻腰で
一刀止か
古風


●細川三斎作 「けつりそこなひ」

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これは細身だ
素直な作ゆき
やや下がり節
蟻腰はやや直線的か
撓めがわずかに左にねじれている
櫂先は素直に丸い感じ
筒は真削り
左下にL字型の穴


●古田織部作 (無銘)

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織部らしい作
立派な蟻腰
やや深樋
撓めがわずかに右にねじれている
利休のとも似た素直な櫂先の丸みにして
露はやや平らか
二刀止め
筒は僅かに皮を残し
下部に穴あき


●小堀遠州作 (無銘)

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やや短めか
特に目立つでもない、珍しくおとなしい作
露は蓮華弁状、わずかに兜巾たつ


●千利休作 (無銘)

黒々としている
たっぷりとした蟻腰
なめらかな曲線
ゆったりとした枉げ
櫂先・露は細身の丸櫂先
おっとりもすらりとして
切り止めは二刀か
筒は真削り、はつり目たつ
書付は磨滅してほぼ読めない

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じつに端正で
じつに静かだ

美人だな

すばらしい!
best everかも



茶杓以外では・・・

高山右近の書状が、泣ける
出雲肩衝と利休尻ふくらを並べる、ってのはにくい
例の茶碗は何度見ても結構

(また改めて書き留めておこう)

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by so-kuu | 2013-05-20 12:55 | 茶道具 | Comments(0)

茶の湯凡人の目 (いわゆる「見立て」の罠)

自分で自分の茶の湯をする

ということを書いてきた

けれど、ひとつ、自戒をこめて、書き留めておこう・・・


---


武野紹鴎の眼、茶の湯名人の目明き、ということについて書いた

さて

「こんな物はお茶器として使えないとか、お茶器っていうのはこんなものでなければならないとか、形式ばった、むつかしいことをおっしゃる。」

というような向きもある一方で、
「見立て」がことのほか大好きで、どんどんなさる方も、これまた大勢さんいらっしゃる

「見立て」

なんて言葉が茶の湯の世界にあるもんだから、
俺も、私も、と、いろんな人が「見立て」をする

「紹鴎が・・・」
「利休さまが、なんと・・・」
などという神話
を聞くについて、

“ワタクシも利休の精神を現代に受け継いで・・・”
などといっては、やたらと見立てたがる

凡人にも、目玉はくっ付いていて、
凡人が凡人の目で見出し、凡人なりに見立てる

その結果として、
凡なる見立て道具、
凡なる取り合わせ
が多数生まれ、
そして消え去ってったんだろうな


「見立て」か?既成の茶道具か?
は僕にはどっちでもいい
保守的か?現代的か?
だってどっちでもいい
(どっち、なんて単純に言えるものじゃないんだし)



名人か?凡人か?
だって、僕にはどうでもいいし
その違いは紙一重とも言えるかもしれない

「名人」
というのを盲信・崇拝することもなければ、
「名人」は自分たちとはまったく別のスーパーな存在なんだろう、と考える必要もない
(そういうひとは茶の湯もてんで分からないかもしれない)
月を指す、その指をみてちゃダメなんであって、月の方をみないと

見えない美、なんて言葉も、一種のまやかしだろうとも思う


けれど
ハッキリわかるのは、

つまらない見立ては、つまらない

ということ

単純な話だ


見立て、をするなら

面白いか?そうでもないか?
あえて見立てる必要があるほどのものか?
やたらと「見立て」をしたがる、奇を衒いたがる、うぬぼれや功名心ではないのか?
その見立てはその日のお客と共に楽しむことが出来るものか?
その見立てが取り合わせ全体を邪魔していないか?
その一会の茶の湯全体が面白くなっているか?

といったことを、きっちりとシビアにジャッジ出来る茶人でありたい



要は

凡人は、凡人なりの茶の湯しか出来ない

面白い人だからこそ、面白い茶の湯をするんだな



そして

面白い茶の湯をなす人

それを名人と言うんだな



当たり前の話だ


自分と自分茶の湯を、しっかり見つめたいもの
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by so-kuu | 2013-05-20 12:50 | 茶人 | Comments(0)

茶の湯名人・武野紹鴎の眼 (目利きと目明き)

 
***

(前略)

それから、紹鴎は茶の湯の名人ですから、目利きにすぐれていたわけです。紹鴎の目利きというのは、大変なもんで、目利きの区域を通り越しちゃって、目明きだったといわれています。前章で、目利きと目明きの違いについてお話申し上げましたけれど、目利きというのは、まあ、一つの茶器についての、いわれとか、美術的価値とか、そういうものを見抜く能力です。ところが、目明きとなりますと、茶器と限らずに、人間生活に用いられる、あらゆる道具ですね。それから、自然界の森羅万象。すべて、そういう物の中から美を発見する能力のことです。目明きとは、そういった大きな目が開いてなければならない。紹鴎は、それだったんです。

***


つづけて


***

利休も紹鴎に劣らぬ目明きだったと、いわれております。今日は、その目明きのお話になるわけですが、どうも、私だって目があいてるから、盲目じゃないんですけれど、紹鴎ほどの茶人になると、どうも、普通の人間が見えないところが見えるらしいんです。見えない美というものがある。つまり、凡人がなんでもないと思っているような物に、すばらしい美を発見し得るだけの、眼力ですね。紹鴎には、この眼力があった。

***

さらに・・・


***

『山上宗二記』を見ますと、こういうことが書いてある。「当代千万の道具は、みみな、紹鴎の目明きを以て召し出さるるものなり」と。千万のお茶の道具です。色んなお茶の道具が、紹鴎時代にできていたんです。今までに見たこともないような変わったお道具がね。それは、みんな紹鴎の目明きによって発見されたんだ、茶道具として取り上げられたんだ、というわけです。今まで茶器でないものが。全部、茶器として取り上げられた。ところで、皆さまがお茶会を催される場合、こんな物はお茶器として使えないとか、お茶器っていうのはこんなものでなければならないとか、形式ばった、むつかしいことをおっしゃる。それは、それで一応いいんですけれど、さらに目を広く開いて、今までお茶器にならなかったような物に、茶の美を発見し、それを茶器に使いこなすだけの、眼力も必要だと思います。紹鴎や利休は、それをやったんですね。つまり、目明きだったんですね。それでこそ茶道を大成した人といわれるわけです。

(後略)

***


さて

如何?



(・・・茶の湯凡人の目 (いわゆる「見立て」の罠)、ということについても、考えさせられていたところだ・・・)
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by so-kuu | 2013-05-20 12:45 | 茶人 | Comments(0)

現代の侘び住まい、とは・・・ (cafe & meal MUJIにて)

建築家・中村好文さんの建てた小屋を観た

その帰りに

根津美術館に寄って

光琳の杜若図

お庭のカキツバタ(しぼみはじめ)と

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「清和月の茶」の初風炉の取り合わせをみて

信楽茶入に合わせるのによさそうな古裂を見つけて

喉が渇いて、立ち寄った

cafe & meal MUJI


店内の壁が眼にとまった


粗相でいいな

“わばしたるはあし”だけれど

仕上がりのムラが丁度よいようにも思う

お客が寄りかかるところはかなり剥げていたりする

自然

気軽に塗り直せそうだし


見回せば

窓の蛇腹折(アコーディオン式)スクリーンもいいかも

普通のロールスクリーンのように面がのっぺりしないし

素材がブラインドのようにメタルでなく布地なところがいい


珍しくワインを飲んで

ちょっと酔って


現代の侘び住まい

いや
現代、なんてことは、僕にはどうでもいい

僕の侘び住まい

僕の暮らしと茶の湯

なんてことについて

ぼんやりと考えたりしたのだった
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by so-kuu | 2013-05-19 13:54 | 茶室 | Comments(0)

小屋と茶室 (中村好文「小屋においでよ」展)

乃木坂のTOTOギャラリーを訪ねた

建築家・中村好文さんの建てた小屋を観に


中村さんならではの好みが出ていて、面白かった

また

エネルギー自給を指向しているのも結構


さて


僕は

長いこと

テントや

小屋や

小さな家や

エコハウスや

そういうものに

興味がある


茶室も

現代の侘び住まい

を体現するもの

にしたいなあ

と思う


帰りに寄った

cafe & meal MUJI

の壁が僕の眼にとまった

粗相でいいな

窓の蛇腹折スクリーンも

使えるかもしれない





追記:

その素敵な「窓の蛇腹折スクリーン」

あとで確認したら

無印良品の製品ではないんだそうだ

よそのプロダクトで、お値段も立派らしい

なんだかちょっと残念に感じた


いわゆる茶室が

桃山のバテレンが書き遺したように、

“粗相に見えて、実はめっぽう金掛けてる”

のと、ちょっと似ているな

“侘びたるはよし、侘ばしたるは悪し”


現代の侘び住まい

って何なんだろうな?


いや

そもそも


茶の湯って

本当の侘び人のものだったろうか?
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by so-kuu | 2013-05-19 13:45 | 茶室 | Comments(0)