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美濃 (井戸茶碗拝見記)

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井戸茶碗を、よーくみてみる

美濃

五島美術館、「時代の美 第4部 中国・朝鮮編」にて


展示室のショーケースに

遠くから近付いていくと

大きい

たっぷりとしたスケール感がある

近づいてゆくと

大きいながら、
胴は意外と切り立っている

解説をみると、
それでも、
直径15.3センチあるとか
(因みに、重さは387.8グラムとか)

かすかに端反り
口は厚め
釉薬も厚いようだ

貫入に変化あり
また
釉の色も
枇杷色をベースに、赤みがかったところあり、また青みがかった釉垂が景色になっている
この辺り、ちょっと有楽井戸をも思わせる
(特に内側の貫入や釉肌が似ているように感じた)

内外共に、轆轤目は目立たない
内側の底付近には渦巻き状の刳り跡あり
目跡は4つ

緩やかなカーブを描く胴のラインを
腰から高台にかけてザーッと削り取ってある

腰は高め
高台は竹の節

面白いのは、
腰から高台の削りに角ばった感じがない
腰も高台も
なんだか、まるん、としている
釉薬が厚く覆っているように見える

釉薬が厚いのか?
釉薬の質の問題か?
それとも、削り取った土側の都合でそうなるのか?
僕にはわからないけれど
とにかく、
この、まるん、とした感じが、美濃井戸の最大の個性ではないだろうか?

高台内には兜巾あり

改めて、全体の様子をみてみる

実に立派

たっぷり、雄大な感じ

で、すこし、柔和にも思える

遠巻きに眺めてみる

うーん、

堂々とした、存在感がある

井戸茶碗らしい井戸茶碗

井戸茶碗中の優品のひとつだ、と思う



追記:


つい1時間程前に、

三芳野井戸を観たばかりだった

比べてみると、

三芳野は、やっぱり、ナヨいように思う

遠州さんってひとは、彼独自の美意識があった、とされる

「キレイさび」などと呼ばれる

松平不昧公も
「道具は遠州」と言って、
その美意識を受け継いだ一人らしい

そういう彼らにはいい茶碗なんだろうな

そう、

キレイ、といえば、キレイなんだよな

そのキレイさが、僕には、ちょっと・・・なのだけれど


美濃井戸は、

特に遠州所持と言うことではなく、
姫路藩主、酒井宗雅から松平不昧に渡った茶碗、とか

三芳野と美濃なら、

僕は、美濃だな


美濃は、三芳野と通じるキレイさも持ちながら、三芳野とは非なるもの
むしろ
有楽井戸に近い印象を受けた

有楽井戸より、ドシッとした感じもあるかな

いや、それはどうかな


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追記2:


他に、六地蔵・忘れ水、などと言った、遠州遺愛の井戸手の茶碗も、
彼以前に好まれた井戸茶碗とは、ちょっと趣を違えている

人真似でない、自分の茶の湯を体現することが茶の湯の本道ならば、

遠州さんは立派な茶人・数寄者だ

僕とは全く趣味が違うけれど、リスペクトしたい、と思う
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by so-kuu | 2013-03-29 12:55 | 茶道具 | Comments(0)

三芳野 (井戸茶碗拝見記)

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井戸茶碗をよーくみてみる


三芳野

根津美術館の「遠州・不昧の美意識」展にて


大きい
大きい方だろう
たっぷりとして見える

何より
肌合いが
ツルンとしている
外側には轆轤目がほとんどない

色合いは
明るめ、白目の黄褐色といったところか
釉調の変化もあまりない

大きなニュウ一本、繕いあり
貫入は全体に細かく景色はあまりない

内側には轆轤目がある
目跡なし
見込はやや広く底はなだらか(擂鉢状ではない)

口は薄め
端ぞリはほとんど見られない

腰・高台の高さは井戸としては平均的ではないか
高台はおとなしい(竹の節って感じでなく、すとんと落ちている)
カイラギもおとなしい

ふーん

明るい感じの茶碗だな
屈託のない感じ
でも
細川井戸のようなガシッとした感じ、。健康優良児的な、男子っぽさでない
ちょっとおとなしい
というか
ちょっと大柄な、明るい女の子
といった感じか

解説に
「堂々とした姿でありながら、雅さが漂う名碗」
とあり

なるほど、そう言えるか

遠州・不昧が共に所持した、というのが、わかる気がする“キレイ”な道具だな

僕の好みか?

というと、そうでもない

井戸も色々ある中で、どうしてもこれが、とは思わないな

同じく、ゴリゴリでない、優美さを感じさせる井戸茶碗ならば、

僕なら、「有楽」をとりたいな

井戸茶碗には、
あんまりキレイになり過ぎて欲しくないのかな
どこか、素朴さが出ている方が、らしい、とような気がする

(それは、亭主がどんな茶の湯がしたいか、にもよるけれど)


この三芳野の良いところ、と言えば、
径が大きく、たっぷりとして、大らかなところだろう
その点、遠州の茶友が所持の「金地院井戸」とちょっと似てる気も



追記:

今日は、この後、五島美術館へ行き、同じく不昧所持の井戸茶碗「美濃」をみる。
続けてみると、比較出来て、おもしろいかもしれないな・・・)
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by so-kuu | 2013-03-29 12:52 | 茶道具 | Comments(0)

大名 (井戸茶碗拝見記【番外】)

◎+萩茶碗 銘 大名

観たかった一碗
根津美術館「遠州・不昧の美意識」展にて

形よし
高台・腰が高い、のびのびとした井戸形茶碗だ
腰から高台の削り、竹の節がハッキリと手強い
見込にクルリと刳り有
目跡なし
初期萩焼の土で
釉薬は薄いようにも見える
御本の斑文が一面に出ているのはちょっと派手かな


*朝鮮で焼かれた井戸茶碗でない、ということで、「井戸茶碗拝見記【番外】」とした
でも、素晴らしい一碗だと思うなー









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by so-kuu | 2013-03-29 12:50 | 茶道具 | Comments(0)

堅手茶碗 銘 長崎

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堅手茶碗 銘 長崎


観たかった一碗だ

根津美術館「遠州・不昧の美意識」展にて


ツルっとした艶のある白釉の肌、
カリッとした土肌、
そのコントラスト、
それがこの茶碗の見所だろう


土見の高台際からマルンと立ち上がって、
真ん中ちょっと下あたりに、ちょっと腰のようなものがあって、
口は端ぞリ

その端ぞリの、ちょっと歪んだ口辺
釉薬の掛け残しの曲線
そうした変化が
面白さ、とか、軽やかさ、とか
そんな感じを漂わせている

見込は広く、底は割と平たい
大きめの目跡が三つ見えた

大きくなく、小さくなく
手取りも良さそう

面白いけど、うるさくはない

好感のもてる、いいヤツだな
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by so-kuu | 2013-03-29 12:40 | 茶道具 | Comments(0)

根津美術館 遠州・不昧の美意識 (花見月の茶)

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根津美術館を訪ねた

「遠州・不昧の美意識」展

出典品目録はコチラ
http://www.nezu-muse.or.jp/jp/exhibition/pdf/list_130222.pdf


お目当ては、

・長崎
・三芳野井戸
・大名

かな

それから、第7展示室の「花見月の茶」

---

○三芳野井戸

別ページにて



◎+萩茶碗 銘 大名

観たかった一碗
形よし
高台・腰が高い、のびのびとした井戸形茶碗だ
腰から高台の削り、竹の節がハッキリと手強い
見込にクルリと刳り有
目跡なし
初期萩焼の土で
釉薬は薄いようにも見える
御本の斑文が一面に出ているのはちょっと派手かな
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by so-kuu | 2013-03-29 12:16 | 茶道具 | Comments(0)

木は空を勝ち取ろうと懸命に努力する粘り強い力なのだ (サン・テグジュペリ)

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***


木は空を勝ち取ろうと懸命に努力する粘り強い力なのだ


***



(アントワーヌ・ド・サン・テグジュペリ)






画像:

ウィルソン株の中から空を見上げる。 屋久島にて。
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by so-kuu | 2013-03-29 06:51 | 自然ということ | Comments(0)

喜左衛門井戸をみる (井戸茶碗拝見記)

喜左衛門井戸をみた

2009年だったかな?
目黒の美術館で
遠州流ご先代、小堀宗慶宗匠の展覧会にて

あえて、書かずにおいたのだけれど
そろそろ、書き留めておこうかな

---

まず、
青磁茶碗「馬蝗絆」と並んで展示されていたのが面白かった
なんたって対照的だから
贅沢、かつ、気の利いた展示方法だと感心

でも
それはさておいて

まずは頭を空っぽにして

その一碗とご対面してみた・・・


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・・・なるほど、こりゃ、面白い茶碗だ・・・

そんな感じが、僕にとっての、喜左衛門井戸の第一印象かな

とにかく、見所が沢山あって、見応えがある

---

たしかに井戸茶碗だ

特別大きいというわけではない
けれど
決して小さく感じることもない

肌は年経りた感じだな
黄褐色にやや赤みを帯びた、いわゆる枇杷色の肌には、荒々しい変化がみられる
貫入の大小
染みの濃淡
大きな漆繕いのあともある

勢いのある轆轤のためか
伸びやかな広がりのある器形
外側には轆轤目がついている
手にとってもタップリしているんだろうな

口辺りはやや厚め
ぽってりとしたその感じが、いいな、と思う

内側はよくは見えないけれど
底に向かって深く落ち込んでいくよう
貫入の走る枇杷色の肌に、濃茶の緑がさぞ映えるだろうな

腰の削りはやや高く鋭い
高台は竹の節をなしている
高台と腰の周りのカイラギがなんともものすごい
釉はげ、地の土が見られるのも特徴だろう

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正面から、また、右から左から
なるべくいろんな向きから見てみる・・・
と、気付くことがある

ひらいた茶碗本体の軸と、高台の軸とがずれている、というか、ほんの少し傾いて見える、ということ

はじめに、轆轤を挽いて茶碗の形を作って、
それを一度糸切りして、轆轤から外して、
逆さにして、また轆轤に載せる、その時に、ほんの僅かに、位置が中心を外し、軸が傾いたんじゃないかな

椎茸の石づきのように、
というか何というか、
言葉にしにくいんだけれど、
なんかこう、ほんの僅かに歪んで見える、
これは、地味ながら、喜左衛門の、一つの特徴かもしれない

*この点、
同じ井戸茶碗では、
・信長井戸(畠山記念館蔵)
に近い、と感じた
あれはかなり傾いていて、なんか不吉な感じがする
“病んでる”感じ
一方、
・細川井戸(永青文庫蔵)
は“健康優良児”タイプだ
いかにもすんなり作られた、って感じ

---

さて、

”喜左衛門井戸は、いわゆる井戸茶碗の約束を全て満たしている名碗だ”
とか、そんな風に言う人は多い

井戸の約束・見所と言えば・・・
・雄大な器形
・外側の轆轤目
・「枇杷色」と称する肌の色味
・大小の貫入
・腰の削りと「竹の節高台」
・高台と腰の削りに現れる「カイラギ」(梅華皮)
・高台内の「兜巾」
・見込の「目跡」

これらを満たしていることが井戸茶碗の条件、とか
いわゆる茶道の世界ではやかましく言う

---

・雄大な器形・・・たしかに 
・外側の轆轤目・・・たしかに
・「枇杷色」と称する肌の色味・・・たしかに 
 ちょっとカセて荒れているけど深みのある色合いだ
・大小の貫入・・・これがまた結構
・腰の削りと「竹の節高台」・・・これも素晴らしい
 特に、腰の削り位置(=高台高)がニョキッと高い、というのは、大井戸の条件だと思うなあ
 「老僧」が大井戸ほどのサイズながら「古井戸」と呼ばれるのは、ここだと思う
・高台と腰の削りに現れる「カイラギ」(梅華皮)・・・これについては喜左衛門はものすごい
・高台内の「兜巾」・・・これも満たしているみたい(見えなかった)
・見込の「目跡」・・・後述

---

実は、

喜左衛門は、全ては満たしていないんだな

喜左衛門井戸には「目跡」はない

一般に、目跡は重ね焼きの跡
ということは、最上段に重ねられた一碗には、当然目跡がない
だから、目跡のない井戸茶碗も当然あっていい訳だ
(確か、「細川井戸」にも目跡はない)

”喜左衛門井戸は、いわゆる井戸茶碗の約束を全て満たしている名碗だ”

と言う人は、

“井戸茶碗中の第一、茶碗の最高峰とも言われる喜左衛門は、約束を全て満たしているに違いない、だから目跡もあるはずだ”

と思いこんでいるのかもしれないなー

いつの間にか、色眼鏡をかけて、よそさんの眼や、耳や、頭で、モノをみているのかもなー

色眼鏡をかけて、喜左衛門をみれば、そりゃ、当然、名碗、ということになるだろうなー

けれど

喜左衛門が名物と言われるのは、約束を全て満たしているから、ではない

それは逆さまだ

---

そういう風にならないように気をつけよう

「約束」とか何とか、そういうのを頭に描いてからモノをみると、
そういう予備知識をなぞるようにしかモノを見られなくなる恐れが多分にあり
それでは、目の前にあるモノも、全然見えないだろう

そういうのを、全部、放下して、裸の目玉で出会ったものをみる方が、ずっと面白いように思う

喜左衛門は、そういう後付けの云々を抜きにしても、ただモノとしてカッコイイのだ

という方が全うだ

茶の湯が生まれてからずいぶん経って
いわゆる約束事も随分出来たみたい
でも、そういうのを真に受けていると、フォロワー茶人にしかなれないかもなー

茶の湯創成期のパイオニア茶人たちは、まず、自分の眼でモノを観た
そして、自分の心に映った、その美しいモノを、自分の言葉で語り、綴ったはず
その後で、「口伝」とか、いわゆる「約束」とか、そういうのが段々に出来ていったはずだ

僕も、伝え聞きや、他人の言葉、いわゆる茶道本やなにやの言葉を借りずに、自分の眼でみて自分の心で感じ自分の言葉で語り綴ろう、と思う

---

さてさて
いずれにしても、

たしかに、
喜左衛門井戸は、
面白い茶碗、
見所の多い茶碗、
ナニカを感じさせるポイントが多い茶碗なんだと思う

“この茶碗、軸がゆがんでる”と自覚しない人でも、そこからナニカを感じてしまうもんだから、
“この茶碗、気になるな”、“この茶碗、面白いな”、“この茶碗、いいな”
になるんだろうか

変化があるから、
景色も豊か、ということになり、
見所が多い、ということになる

そんなこんなで、

多くの人に語られる茶碗となると、
すなわち、「名碗」となる
という訳かな

この点は、志野茶碗「卯花墻」にも言えるかも?

---

柳宗悦は、この喜左衛門井戸を

「何でもない茶碗」

「平凡きわまりない茶碗」

と言ったようだけれど


(*喜左衛門は雑器である、とか、いや、祭器だったはずである、とか、色々やかましいけれど、どっちでもいいな)
(*来歴を知るのもよいけれど、それがまた眼を曇らす、というのでは馬鹿馬鹿しい)


僕は、平凡とは思わないなー

確かに作家性みたいなものはないし

素直にスラスラっと作られたものであろうことは感じる

けれど

平凡な茶碗ではないよなー

---

で、

では、

僕にとって

喜左衛門井戸は、井戸茶碗中の第一、茶碗の最高峰、ということになるか?

というと・・・

---

現時点では、答えは・・・

No



---

どうしてだろう?

もちろん、茶の湯の茶碗として、実によい茶碗だと思っている

特に、ナリと肌は、僕にとっても素晴らしく魅力的だ

---

けれど

喜左衛門井戸というある意味強烈な茶碗を使って、

自分の茶の湯として、どんな茶の湯をしようか?

と考えてみると、今の僕には、イマイチぴんと来ない

という気もするのだ

かの名物喜左衛門を前になんと無礼な!?

何という小生意気な!

というお叱りが一部から上がるかもしれないけれど

そんなこと、僕、知らない

---


じゃあ、喜左衛門井戸じゃない、どの茶碗が、僕にとってのベスト、マイNo1御茶碗なんだろう?


---


そんな井戸茶碗を僕は探しているのかもしれない

それが井戸茶碗でなくてもいい

じっくり考えてみよう・・・・

それ自体が楽しいから・・・

自分の体と心で茶の湯を遊ぼう・・・



(メモ)

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by so-kuu | 2013-03-17 17:20 | 茶道具 | Comments(0)

「待ちきれなかった」 (客も亭主をもてなすのである)

TVを観た

千宗屋さんが、「直心の交わり」を求めて、緑茶文化をもつアフリカの国、モロッコを訪ねる、というもの


その中で、モロッコ人に日本の抹茶を点てて飲ませた時のこと

一人の客に茶碗が出されると、その人が言った


***

「ありがとう、待ちきれなかった」

***


素晴らしい一言だな


字幕だったので、原語でどういう表現なのかは分からないけれど

日本でも使う言い方だし、

英語でも、can't wait は楽しみだ、という表現

それはありふれた言葉かもしれない

けれど、そのありふれた言葉が、その場面で語られると、実に瑞々しく感じられた


洋の東西を問わず、

茶を通じた人と人との交わりにおいては

亭主が客をもてなすだけなのではない

こうして

客も亭主をもてなすのである


脚下を看てみれば、

日本の昨今の茶の湯においては、

主客の挨拶がともすれば形に嵌ってしまっていることに気付く

また、茶坊主のお追従みたいなのもイヤなものだ


「直心の交わり」を求めるならば、

思い・振舞い・言葉、全てが、「直心」そのものから出てくるものでなければ・・・


有難い気付きを呼び起こす、

美しい言葉、美しい場面と出会った
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by so-kuu | 2013-03-15 12:08 | 茶事 | Comments(0)

出汁 一番出汁と二番出汁

懐石料理を作ってみる

マイ茶事

のための

マイ懐石


あるもので

出来るものを


まずは

飯と汁


そして

出汁

は真面目につくりたい


---


その

出汁


材料の良さが出るところだろう

昆布にしても
鰹節にしても
上を見ればキリがなかろう

足るを知って
贅沢過ぎるものは避けたい

けれど

真面目にしっかり出汁をとろう


方法や配合には諸説ある


僕は

今のところ


***


●一番出汁

水2リットルに対して
利尻昆布 30g
鰹節 30g


●二番出汁

上記一番出汁の出がらしを
5分煮出して
追い鰹 20g


上記を基本にして
冬(白味噌)には昆布がち
夏(赤味噌)には鰹節がちに


***


(出汁取り方法の詳細は、追って別ページに書きとめようかな)
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by so-kuu | 2013-03-01 22:37 | 懐石 | Comments(0)