カテゴリ:自然ということ( 90 )

「五月晴れ」 (旧暦皐月 芒種 2014)

朝起きて

よし!

ベッドから跳ね出て

洗濯機を2回まわす

衣類も

シーツも

全部洗って

寝具もみんな陽に干す


部屋の窓を全て明け放って


作務をはじめよう




「五月晴れ」

とは

旧暦皐月のことであって

“梅雨の晴れ間”が本来の語意


“新暦5月のスカッとした晴れ”を指して言うのは本来誤用
(但し、そうした誤用があんまり多いものだから、世間に通用してしまって、最近では辞書にもそちらの意味も載るようになってきた)


雨続きの時季の貴重な晴れ間だから、実感として、本当に有難いものだ

カラッカラのシーツに寝そべると、そんなことを考える


そして

この晴れ間が永くは続かないことを知っているからこその

太陽の輝きをしみじみ感じる

そんな日


これから再びの長雨を経て

ジリジリとした夏本番へ


心を洗って

日日を励もう


時々勤払拭






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by so-kuu | 2014-06-14 22:41 | 自然ということ | Comments(0)

半化粧の頃 芒種2014

 
半化粧が咲いていた

もうそんな頃か、と思う、今年



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by so-kuu | 2014-06-12 22:05 | 自然ということ | Comments(0)

夏椿咲く (芒種2014)

夏椿が咲いている


冬の椿とはまた趣がちがって


露を受けた花びらの白が涼しげ


幹が雨に濡れてもまたキレイだ






*沙羅とも言われるけれど、いわゆるインドの沙羅双樹とは別モノなんだって







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by so-kuu | 2014-06-11 07:23 | 自然ということ | Comments(0)

梅の実がふくらんできた (マイ歳時記 芒種2014)

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梅の実が膨らんできた


青梅ならばそろそろ

黄色く完熟したら梅干し用に

少し分けてもらおうか





(そしたらマイ懐石には自家製梅干がつくかもしれません)














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by so-kuu | 2014-06-07 23:13 | 自然ということ | Comments(0)

端午の節句 (新暦・旧暦と日本の歳時記)

今日はいわゆる「旧端午」。


やっぱり

五月五日の端午の節句は、旧暦でやったほうが、しっくりくる。


と思う。


---

三月三日の(上巳)のお節句もしかり。
新暦の3月3には桃の花なんか咲かないことを思えば、当然。


五月五日についても。
旧暦だからこそ、と感じる。

旧暦の5月は梅雨時に当たり、
かつては、食べ物もいたみやすく、病気にもかかりやすかった。
特に、幼い子供がこの時期に病にかかって命を落とすことが多かった。
だからこそ、端午の節句には子供(特に男子)の無病息災を願ったわけだ。

端午の節句には菖蒲、というのも、邪をはらうとされた菖蒲の葉を軒先に飾って、子供を守ろうとしたもの。
特に、所領をつぐ嫡男が成人することが家の存続のために不可欠だった武家では、菖蒲飾りを重んじ、
さらには、菖蒲と尚武という語呂合わせにより、男子の武運長久を願った。

ちなみに
鯉のぼりも、武家の習慣から生まれた、とか。
はじめ家の幟や旗を掲げたところから、のちに、滝を登って竜と化す、と云われる鯉を幟にして男子の出世を願う、という形も生まれた。
旧暦五月の雨の中を鯉が泳ぐ、というのはまた風情であったろう。

---

こと、茶の湯においても。

新暦の5月5日だったら
場合によりまだ炉の茶の湯をひっぱってもいいくらいでは?
温暖化のせいか、最近ではずいぶん暑いとも言えるけれど
それでも、朝夕にはずいぶん涼しい。
年によって、
肌寒い日が多かったり、
薫風が南から来ないのだったら、
新暦5月5日に炉でもいい、と思う。

新暦・旧暦はさておき、
二十四節季の立夏になったら風炉、という考えもある。
僕は二十四節気も重んじてくらしているので、
それはよし、と思う。

けれど、初風炉は初風炉で、初風炉らしくする、として。
初風炉=端午の節句の趣向で、というのはいかがか?
初風炉と端午の節句はイコールではない。
年周りによって、立夏と旧暦五月五日が近ければ、それで初めて、一緒にするのが筋。
そうでなければ、初風炉は初風炉でやって、その後、旧端午がきたら端午の節句らしい茶をするのが吉。

---

とにかく
お茶は季節です、なんて云いながら、新暦しか見ない、というのはナンセンスだろう。

茶の湯は日本の四季を表しています、と仰るお稽古茶道の先生が沢山いるようだけれど、
実際の日本の四季の、今・ここ、をピタリと表現している方は、それほどいない、というのが現実ではないだろうか?

新暦だけで茶の湯をしては、実際の季節と日本の歳時記を趣向とする茶の湯とが乖離してくるケースが必ず出てくるだろう。

ちぐはぐになるくらいなら、季節です、なんて言わなければいい。
なんでもない茶の湯でいいのだから。

---

お茶は日本の伝統文化です、なんて云いながら、旧暦や二十四節気を理解せず、古来の伝統行事の本来の姿を知らないんであれば、しようもない。

---


とにかく、
新暦と旧暦と二十四節気とを自在に使いながら、
茶の湯そのものを面白くしたいもの。

なにより、
自然そのものを見つめ、自然を感じ、自分もまた自然である、と識って、
僕は僕の茶の湯をしたい、と思う。


今なら、
こんな気候の、
こんな時季なら、

旧暦五月の茶をやってもいい
初夏の茶をやってもいい

もうしばらくしたら
雨の茶の湯をしてもいい


今年の旧暦五月五日は、真夏日で、
真夏の茶をしてもいいような今日だったけれど、
夜には涼風がやってきて、
こんな風に考えさせられた今日だった




(雑感)




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by so-kuu | 2014-06-02 22:16 | 自然ということ | Comments(0)

名残のつつじ 名残のたんぽぽ

晴れた朝

いつもの道


歩道の脇の植込に

つつじがポツリと小さな花を咲かせている

もう最後かな


その脇には

地面から

40センチ以上もあるだろうか

ぬーっと高く茎を伸ばして

たんぽぽが綿毛をつけて

種を飛ばす風を待っている


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名残

などというのはヒトの勝手で


花は

その花の今を咲いている



・・・僕も・・・


・・・生きねば・・・







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by so-kuu | 2014-05-30 22:31 | 自然ということ | Comments(0)

シモツケが咲いていた

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下野が咲いていた

夏日と雨と経て

夏へ

明日は旧暦五月の新月だな



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by so-kuu | 2014-05-28 22:54 | 自然ということ | Comments(0)

どくだみが咲いていた

どくだみが咲いていた


お友達には猫くんには裏路地のお散歩がしにくい季節だな

それでも

梅雨入りまでは野良猫にとっても一番過ごしやすい頃か


初夏だ



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by so-kuu | 2014-05-23 22:24 | 自然ということ | Comments(0)

山あじさいが咲いていた

山あじさいが咲いていた


そうか

今年はもうそんな頃か

と気付かされる


重ね暦の今を生きる






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by so-kuu | 2014-05-22 22:21 | 自然ということ | Comments(0)

マイたんぽぽの綿毛 (マイ歳時記 立夏)

わが家のたんぽぽ

門と道との境目の割れ目に

何年か前に僕が種を突っ込んでおいたもの


翌年から毎年、咲いては種を飛ばし、枯れてはまた葉を伸ばしている

今年も花をつけて

そして今日まん丸の綿毛になった


蹴飛ばさないように気をつけて

跨ぐように出かける


日に日に種を飛ばして

またどこかで根を張り葉を出し花を咲かせ種をつけて欲しい

そんな風に感じたことだ






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by so-kuu | 2014-05-06 08:56 | 自然ということ | Comments(0)