カテゴリ:茶事( 26 )

(ほぼ)無言の茶事

みて、そして、だまっている

ということを、

何年も、

行じ、感じ、考えていた


茶事も

主客が

最低限の他に

ほとんど言葉を交わすことなく

始まり

終えたら

それで

一会がなったなら

それは

ひとつの理想だな





追記:


もちろん

それで一会が成ったなら

という注がつく

茶事は

茶の湯は

1人ではならないのだ
から

主客ともに

そういうことに気付いていないと
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by so-kuu | 2013-05-10 13:04 | 茶事 | Comments(0)

やってみて、習え

 
***

自分の家に、

お客を呼んで、

一献差し上げ、

お茶を点て、

茶の湯をやってみる

やってみると

すごく上手くいくこともあるし

上手くいかないこともある

通じないこともある

そこで、

どうして通じなかったのかなあ、と考えてみるんです

で、

上手くいかなかったところを、

先生のところへ習いに行けばいいんですよ

***



激しく同意

自分で自分の茶の湯をやるために、稽古もするんだ

本番なくして稽古なし

その本番とは、言うまでもなく、茶事だ


励もう
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by so-kuu | 2013-04-08 12:00 | 茶事 | Comments(0)

「待ちきれなかった」 (客も亭主をもてなすのである)

TVを観た

千宗屋さんが、「直心の交わり」を求めて、緑茶文化をもつアフリカの国、モロッコを訪ねる、というもの


その中で、モロッコ人に日本の抹茶を点てて飲ませた時のこと

一人の客に茶碗が出されると、その人が言った


***

「ありがとう、待ちきれなかった」

***


素晴らしい一言だな


字幕だったので、原語でどういう表現なのかは分からないけれど

日本でも使う言い方だし、

英語でも、can't wait は楽しみだ、という表現

それはありふれた言葉かもしれない

けれど、そのありふれた言葉が、その場面で語られると、実に瑞々しく感じられた


洋の東西を問わず、

茶を通じた人と人との交わりにおいては

亭主が客をもてなすだけなのではない

こうして

客も亭主をもてなすのである


脚下を看てみれば、

日本の昨今の茶の湯においては、

主客の挨拶がともすれば形に嵌ってしまっていることに気付く

また、茶坊主のお追従みたいなのもイヤなものだ


「直心の交わり」を求めるならば、

思い・振舞い・言葉、全てが、「直心」そのものから出てくるものでなければ・・・


有難い気付きを呼び起こす、

美しい言葉、美しい場面と出会った
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by so-kuu | 2013-03-15 12:08 | 茶事 | Comments(0)

襖の開閉にけじめあり


ふすま

茶道口や給仕口や
客の入口やその他

稽古ではともかく

茶事においては

開けておく時、閉めておく時
には約束もある

例えば、懐石では、
ここで閉める、
ここでは空けておく、
と定型があるし、
例えば、伝者の点前でも、
襖の開け閉めは決まっている

そのけじめを大切にしたい

開いていないと不便な時もあり
(東半の出入の度に開け閉めしては繁雑、とか)

襖が開いたままでしまっていないと席が“締まらない”ときもあり
(懐石の亭主相伴時に空けっぱなしでは、主客共落ち着かない、とか)
(濃茶の最中に勝手の気配が気になるようでは興ざめ、とか)
(唐物以上ならイチイチ閉めないとビシッとした感じにならない、とか)

場合によっては臨機応変の対応も必要
(広間で、薄茶席の始まる際に障子を開けて庭の景色を見せ、開放的な雰囲気にしてみる、とか)
(炭火による一酸化酸素中毒をさけるための換気は茶の湯以前の心得、とか)


ちょっとしたことだけれど

そういうところが

また

「お茶のきまりどこ」(茶の湯のきめどころ)

なんだな
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by so-kuu | 2012-11-19 22:01 | 茶事 | Comments(0)

即座に… ~四畳半茶室は小間か?広間か? の一例

こんな会があった


春の炉の茶事

四畳半に

風炉先屏風

蒔絵の炉縁

二字縦一行の書


炭手前に続いて

雛祭の趣向で懐石

中立


後座には

掛花入

萩茶碗に濃茶が練られた



さて

濃茶一服の後

和やかな薄茶の歓談の中で

お客さまが言った


「小間なら、木地の炉縁よねえ」








ビックリ







(・・・広間なんですけど

・・・風炉先があって

・・・塗り炉縁ですが?・)







ご亭主は、客の言葉を、ただ受け流していたけれど

取り合わせによる趣向・メッセージは伝わらなかった、ということになるな

ご亭主のご苦労を思うとせつないものあり








追記:



個人的には

茶事のその最中に、ご亭主の趣向についてとやかく言う、

というのは慎みたい

たとえ

いわゆる茶の湯の約束に外れていることがあったとしても

その日その場で、茶事の最中に

客がご亭主の道具組みや趣向について

批判的と受け取られるようなことを言うのは控えたい

何かしら道具が足りず

理想の道具組み、とはいかないことも

自分で茶事をしたことのある人なら、わかるはず


さらに残念なのは

客が小間の茶、と捉えたのは、思い込みによる誤解だ、ということ


ご亭主は、その日は広間の茶のつもりで、四畳半を使ったのは明白だったと僕は思う

風炉先出てるし

塗の炉縁だし

しつらい・道具組を見渡せば

初座の席入の時点で

即座に

今日の四畳半は広間の茶だな

と受け取れるはずだと思うんだけど?

さらには

懐石も懐石の道具も

雛祭の華やいだ趣向だったし


どこをどう見ても広間的なお茶だったように思う


どこを見て

何にどう感じて

「小間の茶」になったんだろう?


考えてみる

軸が短めだったから?

後座の花が、大きめの置花入に桃、でなく、小さめの掛花入だったから?

花入が渋い時代の籠だったから?

主茶碗がほっこりとした萩だったから?

あとは

水指が土もの、かつ棚なし、だったから?
(これについては小間と誤解させる可能性もなくはない・・・でも風炉先屏風出してるしなあ)


客には客で、小間、と受け取る理由があったのかも?

または、台目の小間と八畳の広間を持つそのお客には、
四畳半は広間としても扱える、
四畳半を小間扱いにしたり広間扱いにしたりと使い分けて茶事をする、という感覚がないのかも?
四畳半は小間、という思い込みがあるのかも知れない

(このへんの感覚の違い、先入観による思いこみが、今回の残念な一件の主因だろうと感じる)


単純に

思い込みとは、怖いものである


とにかく

客は、亭主の心入れを汲み取ろう、と努めなくっちゃ


客も亭主をもてなすのである


今日のこの道具組みで、取り合わせで、ご亭主は何を表現しているのかな?

ということを考えながら席に臨めば

残念なもったいない事態は避けられるように思う


主客ともに一会を楽しむ


そのためにこそ、茶人には、さまざまな稽古・修練があるんだ

なにより、茶事に臨むには、客にも茶人としての心得が要り、責任がある


茶事では、客にも客の技量というものが問われている


(そのために、例えば、四畳半における炉縁や風炉先にピンと来るかどうか?といったちょっとしたことが具体的に茶の湯の成否の鍵を握ったりするんだな、というのが、この話)


さてさて


茶事こそ、茶人の本番。


そのためにも、「即座に…」の心得を肝に銘じておきたい
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by so-kuu | 2012-06-07 06:55 | 茶事 | Comments(8)

即座に… ~四畳半茶室は小間か?広間か?の見分け方

茶事にて、席入りした四畳半が、小間なのか?広間なのか?


という話



四畳半は、小間としても、広間としても使える

ということになっているので

その日の茶事でのその四畳半の扱いは、小間か?広間か?

を客は必ず見極める必要あり


判断の仕方としては、


・炉縁の種類

木地なら、小間
塗りなら、広間

・風炉先屏風の有無

風炉先なければ、小間
風炉先あれば広間


あとは

・棚の有無
・道具の種類
・その他、その茶事の趣向

なども参考にはなる


なにより


ある茶事において

亭主がその四畳半を小間としているのなら小間
亭主がその四畳半を広間としているのなら広間

客になったら亭主の心入れを十分に汲みとること
亭主になったら客に心入れを十分に伝えきること





追記:


聞けば当たり前の

茶の湯の約束事

茶人としての素養

がいろいろある


そうだよね、ときけばわかる、というレベルでなく

しっかりと自分の身に沁みていなくっちゃな

と感じている


そうでなくては

茶事において

ご亭主の心入れ・意図するところを

即座に読み取り、汲み取り、

一会を共に楽しみ味わうことはできないだろうから


(なんだか、当たり前のつまらないことを書いたけれど、こういうことも身につけておかないと、ちょっと困ったシチュエーションになることもある → その話は次のページで…
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by so-kuu | 2012-06-07 06:49 | 茶事 | Comments(0)

即座に… ~四畳半茶室は小間か?広間か?

即座に、ということ。


例えば


茶事に呼ばれて

初入にて

四畳半茶室で


床を拝見し

炉辺を拝見して


さて

この四畳半は?

小間だろうか?

広間だろうか?


あなたなら

どう判断する?



(→答えは、次のページにて)
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by so-kuu | 2012-06-05 12:14 | 茶事 | Comments(0)

即座に ~呼んだり呼ばれたりのために

茶の湯とは、呼んだり呼ばれたり、である

であればこそ、

即座に

ということが大切になるんだろう


あの人なら

と呼んでくれたご亭主に応えなくっちゃ


ご亭主の心入れに応え

ご亭主の茶の湯を味わい

主客共に一座建立し

そういうことが茶の湯で

それが出来ないと

次は呼ばれない
かもしれないのだ


そしたら、

呼んだり呼ばれたり、にならない


おお、怖!

でも

それがまた

面白いのかも
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by so-kuu | 2012-06-05 12:13 | 茶事 | Comments(0)

大寄せ茶会に学ぶことは?

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大寄せ茶会に行ってきた。


「大寄せ茶会は茶の湯ではない、と思っている」
http://sokuu.exblog.jp/16494232/

とここにも書いたけれど。

大寄せ茶会にも、私の茶の湯に向けて、学ぶことはあるものだ。


いくつもの席に釜がかかっていた、そのご亭主それぞれに、いろんな茶の湯がある。
客ぶりもまた、それぞれ、いろいろ。

そして、僕自身が茶会で感じることも、年々変わってくるのが面白い。


(詳細は、追って書き留めてみようと思う)
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by so-kuu | 2012-04-05 23:32 | 茶事 | Comments(0)

半東から見る茶事 (茶事における第3の目と働き)

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茶事があった

ご亭主から声がかかり、半東をさせて頂いた

半東の立場から、半東の眼で、茶事をみてみると

亭主として茶事をするのとも
客として茶事に臨むのとも
また違ったことが見えたように思う

学びも多い、有難い機会だった

---

強く感じ、驚いたのは、

自分が亭主として茶事をする時より、その茶事がよーくみえるような気がする、ってこと

亭主と違って、自らの思い入れがないからかな、茶事をめぐるナニヤカヤが、すんなりそのままに見えるのだ

半東は茶事を客観視出来るんだな

---

亭主って、自分の思い入れや趣向への拘りなどに囚われやすいのかもしれないなー、
その分、その日その時で生きて動いている茶事そのものを感じ、応じる力、パフォーマンスは落ちやすいのかもしれないなー、
と自分の茶事を振り返ることが出来た

---

また、招かれる客の立場、客の亭主への気遣いからも自由だ

半東って、亭主と客の間に、サッパリと立っていられるんだな

---

実際にも、茶事の進行や実際の様子がよく見えること

亭主の補助もするし、
勝手の補助もするし、
亭主のいない席中に入って給仕することもあり、
亭主のいない場面で客の話をきくこともある
(客が、亭主に直接言いにくいことを、半東にさりげなく伝えている場合もあるように感じる)

全体が見渡せ、一つ一つが目に入る立ち位置にいるんだな、半東って

---

ならば

亭主と客のコミュニケーションをとりもってさしあげることも、半東の大きな仕事かも

(もちろん双方共に器量十分で、主客が自ずと一致して、一座建立し、半東の出番がないのが理想だけれど)

(もちろん、決して出過ぎたことはしてはならない、自分の茶事でも、自分が招かれた茶事でもないのだから)

---

また

玄関も寄付も腰掛も露地も茶室も、全て半東の守備範囲だ

仕事も多岐にわたり、亭主以上の実働が求められる所もあり

実に面白いところ

精進精進

---




(茶事のひとつひとつの実際、半東の仕事については、追って書きつけていこうかな。)
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by so-kuu | 2012-03-26 07:19 | 茶事 | Comments(0)