あぶない、あぶない。 ~山口晃の言葉(と、茶杓削り)

水戸を訪ねた

「山口晃展 前に下がる 下を仰ぐ」を観に


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「オイル・オン・キャンヴァス 本歌 西本願寺」
「九相圖」
「来迎圖」
「無残ノ介」
「続・無残ノ介」
などなど

よい出会いが沢山あった

その中で、

画伯の言葉の中に、気になる言いまわしがあった





***

北斎は、みても楽しいし、写しても楽しい
で、北斎をうつした自分の絵をみると、なんだか自分が絵がうまくなったような気がする
あぶない、あぶない

***

・・・と、メモなど取らなかったのだけれど、そんなような言葉だった


北斎についてはさておき

写し、というものの面白さと危うさについて
僕の歩みの中では
茶杓削りにおいて同じことが言える
と面白く感じた

絵を描くのも
茶杓を削るのも
似ているところがあるだろう

お絵かきから始まって
そこそこ書けるようになると
本格的に絵を学ぼうとする
となると
好きな絵を真似てみる
名作を写す、模写する
という段階があろう

茶杓削りも同じで
はじめは、何やらわからず削ってみる
寸法も約束も知らぬまま、こんなもんだろう、と削る
そのうち
自分の茶杓と、伝来の茶杓が、ちょっと、いや、だいぶ違う、と気付く
(この辺りに、いつまでも気付かないのであれば、茶杓削りはやめたらよいし、いっそ茶の湯をやめたがよいかもしれない)
すると名作茶杓の写し、に励むことにもなろう

名作茶杓を写してみると
寸法やら約束やらが見えてくる
見えてくるから、それなりに削る
すると
それなりの茶杓に見える

それはそれで進歩と言えば進歩なのだが

あぶない、あぶない

そう、そのあたりが、おもしろい、おそろしい、ところなのである


その辺りが、面白い、恐ろしい、処なのである


茶の湯はアートなのであるから






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by so-kuu | 2015-05-03 22:03 | 茶禅一味 | Comments(0)
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