おいしすぎないおいしさ ~仙太郎の菜根譚に教わる茶懐石の極意

ある日
デパ地下にて
和菓子をみていて

仙太郎さんを覗くと

菜根譚

というのがあった

カードに曰く

***

菜の花を刻み入れた
あっさりとしたかるかん。
おいしすぎないおいしさ。

***



すげーな、仙太郎さん


買った! (・・・白洲正子さんではないが)


品物を用意してもらう間に
訊いてみる

「おいしすぎないおいしさ、なんですね?」

ちょっと苦笑いの店員さん

「あ、でも、美味しいんですよ」

「いやいや、すごく面白いなあ、と思って
仙太郎さんらしい、いいところを狙ってくるなあ、と思って
楽しみに頂戴します」


家に帰って
食後に頂く

うーん
菜の花の青い香りがふわっと漂って
春先の野辺に出たよう
ほろ苦味を
かるかん生地がしっとりふんわり包んでいる

いやいや

とやかく言うまい

おいしすぎないおいしさ

なのだ


さて

感心した

仙太郎さん

京都をベースに
丹波や近江の素材に拘り
身土不二を掲げ
体に美味しい素朴な和菓子をつくり

その
地に足のついた
down to earthな
姿勢に
純朴な佇まいに
これまでも共感してきたのだけれど


「おいしすぎないおいしさ」

とは
実に実に
言い得て妙

また
和菓子屋さんにして
自らの品物を「美味し過ぎない(美味しさ)」と言ってのける仙太郎さんは
美味し過ぎても面白くない、ということもある
美味し過ぎない美味しさ、というものがある
という事を自覚しているのだ

そのコンシャスさに感服するし
また信用出来るお店であろうと感じられる


僕がずっと思い描いてきた
マイ茶事での
マイ茶懐石も
こういうのがいいのだ

料理人にてはこれなく候
ただ一服の茶の前の
時分どきの食事であり
時々のあり合わせの菜と肴


思えば

茶懐石だってきっと同じで
美味しければ美味しい程良いに決まっている
という(無自覚な)盲信が
かえって茶の湯を味気なくしている
茶味を損なっている
そんなケースがままあるように感じる


「おいしすぎないおいしさ」



それは

淡味
とか
滋味
とか

そのあたりの消息・・・?


いやいや

とやかく言うまい


「おいしすぎないおいしさ」


それでいいのだ


よーし、僕も


守拙求真、で参ろう、っと





追記:

カッコイイことを
さらりとやってのけている
仙太郎さん


よーく噛みしめたい







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by so-kuu | 2015-03-12 22:09 | 懐石 | Comments(0)
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