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端午の節句 (新暦・旧暦と日本の歳時記)

今日はいわゆる「旧端午」。


やっぱり

五月五日の端午の節句は、旧暦でやったほうが、しっくりくる。


と思う。


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三月三日の(上巳)のお節句もしかり。
新暦の3月3には桃の花なんか咲かないことを思えば、当然。


五月五日についても。
旧暦だからこそ、と感じる。

旧暦の5月は梅雨時に当たり、
かつては、食べ物もいたみやすく、病気にもかかりやすかった。
特に、幼い子供がこの時期に病にかかって命を落とすことが多かった。
だからこそ、端午の節句には子供(特に男子)の無病息災を願ったわけだ。

端午の節句には菖蒲、というのも、邪をはらうとされた菖蒲の葉を軒先に飾って、子供を守ろうとしたもの。
特に、所領をつぐ嫡男が成人することが家の存続のために不可欠だった武家では、菖蒲飾りを重んじ、
さらには、菖蒲と尚武という語呂合わせにより、男子の武運長久を願った。

ちなみに
鯉のぼりも、武家の習慣から生まれた、とか。
はじめ家の幟や旗を掲げたところから、のちに、滝を登って竜と化す、と云われる鯉を幟にして男子の出世を願う、という形も生まれた。
旧暦五月の雨の中を鯉が泳ぐ、というのはまた風情であったろう。

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こと、茶の湯においても。

新暦の5月5日だったら
場合によりまだ炉の茶の湯をひっぱってもいいくらいでは?
温暖化のせいか、最近ではずいぶん暑いとも言えるけれど
それでも、朝夕にはずいぶん涼しい。
年によって、
肌寒い日が多かったり、
薫風が南から来ないのだったら、
新暦5月5日に炉でもいい、と思う。

新暦・旧暦はさておき、
二十四節季の立夏になったら風炉、という考えもある。
僕は二十四節気も重んじてくらしているので、
それはよし、と思う。

けれど、初風炉は初風炉で、初風炉らしくする、として。
初風炉=端午の節句の趣向で、というのはいかがか?
初風炉と端午の節句はイコールではない。
年周りによって、立夏と旧暦五月五日が近ければ、それで初めて、一緒にするのが筋。
そうでなければ、初風炉は初風炉でやって、その後、旧端午がきたら端午の節句らしい茶をするのが吉。

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とにかく
お茶は季節です、なんて云いながら、新暦しか見ない、というのはナンセンスだろう。

茶の湯は日本の四季を表しています、と仰るお稽古茶道の先生が沢山いるようだけれど、
実際の日本の四季の、今・ここ、をピタリと表現している方は、それほどいない、というのが現実ではないだろうか?

新暦だけで茶の湯をしては、実際の季節と日本の歳時記を趣向とする茶の湯とが乖離してくるケースが必ず出てくるだろう。

ちぐはぐになるくらいなら、季節です、なんて言わなければいい。
なんでもない茶の湯でいいのだから。

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お茶は日本の伝統文化です、なんて云いながら、旧暦や二十四節気を理解せず、古来の伝統行事の本来の姿を知らないんであれば、しようもない。

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とにかく、
新暦と旧暦と二十四節気とを自在に使いながら、
茶の湯そのものを面白くしたいもの。

なにより、
自然そのものを見つめ、自然を感じ、自分もまた自然である、と識って、
僕は僕の茶の湯をしたい、と思う。


今なら、
こんな気候の、
こんな時季なら、

旧暦五月の茶をやってもいい
初夏の茶をやってもいい

もうしばらくしたら
雨の茶の湯をしてもいい


今年の旧暦五月五日は、真夏日で、
真夏の茶をしてもいいような今日だったけれど、
夜には涼風がやってきて、
こんな風に考えさせられた今日だった




(雑感)




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by so-kuu | 2014-06-02 22:16 | 自然ということ | Comments(0)
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