映画『利休にたずねよ』にみる趣向というもの

映画『利休にたずねよ』を観た


いろいろなエピソードが並べられて
それが田中与四郎宗易という人を伝説の茶人・千利休にしていく
という、いわゆるいつもの感じ

資料にみられるものもあり
そうでないだろうものもあり

趣向、趣向のオンパレード

茶の湯というのは小洒落た趣向をこらすもの

という一般のイメージや茶道人の思い込みは更に広がっていこうか


かならずしも趣向など持ち込まずとも美しい茶の湯は出来るんだけれど


どうなんだろう?


そういう趣向ってのが

こうるさかったりしないかなあ?


どういうのは喜ばれて、また楽しくて

どういうのは小賢しくて、また野暮ったくて

どういうのは面白くて、またつまらないんだろう?


趣向趣向ということにちょっと嫌気がしている今の僕には

ちょっと上手にジャッジ出来ないことかもしれない
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by so-kuu | 2013-12-31 00:18 | 茶事 | Comments(3)
Commented by hatori-tougei at 2014-01-01 12:40
新年おめでとうございます。
当方、井戸茶碗や楽茶碗を道楽でつくっていますが、
so-kuuさんの深い観察を読んで、たいへん参考になります。
Commented by so-kuu at 2014-01-15 17:26
返信おそくなり失礼しました
コメントありがとうございました
このBLOGは自分のためのメモ書きで、
お立ちよりの方の参考になるかどうかは気にせずやっておりますが
これまでの茶の湯史観や昨今幅を利かせている茶道具の見かたには、色眼鏡というか、ご都合主義というか、そんなようなものがだいぶ混じっているように感じています
真っ直ぐ立ってすっと構えて、自分の眼でモノそのものと向き合い、ものごとを正しく観たい、と考えています
またお気軽にお立ち寄りください
本年もよろしくお願いします
Commented by so-kuu at 2014-01-15 17:35
〈陶芸ブログ〉 薪窯火鳥、拝見致しました

井戸茶碗
楽茶碗

は取り組み甲斐がありそうで、楽しそうですね

長い茶の湯史の中で神話や伝説やガセネタが最も多く降り積もっているジャンルかもしれません

一方、
井戸茶碗・楽茶碗そのものは、決して虚飾を語りません
無言のうちに、真実を伝えています

それが聞こえるか、茶碗そのものが見えるか、観えるか、は観るもの側の力量・度量・境涯の問題ですね

精進します
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