茶道に於て野狐禪が虚假威に茶禪一味などの語を振り廻すのは全く迷惑至極な話

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茶人がよく茶は禪から出たものであると自慢するが、そのやうな連中に限つて、禪の何物であるかの片鱗にさえ觸れて居ないのだから笑はせる。
茶が禪から出たが故に難有いならば茶道に精進するのを止めて、其の源流に入つた方が面倒もなく、効果的である。
(中略)
參禪すれば精神的修養は得られたかも知れないが、本當の悟道は口で云ふ程簡易なものではなし、生半可な參禪は觀念の遊戯に過ぎず、僧堂を一歩出れば世を迷す謂所野狐禪に終るのである。
茶道に於て野狐禪が虚假威に茶禪一味などの語を振り廻すのは全く迷惑至極な話である。

『茶道爐邊夜話』

(BLOG『なにがし庵日記』にて発見)


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>茶人がよく茶は禪から出たものであると自慢する

そんなのはでたらめ、というかいわゆる茶道界に属する人間の事実を無視した願望だろう
そんな事を平気で言える人はちょっと信用出来ないな

>生半可な參禪は觀念の遊戯に過ぎず、僧堂を一歩出れば世を迷す謂所野狐禪に終るのである。

ホント、そうだな

>茶道に於て野狐禪が虚假威に茶禪一味などの語を振り廻すのは全く迷惑至極な話

全くその通りだろうと思う


気をつけて歩もう
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by so-kuu | 2013-09-09 22:00 | 茶禅一味 | Comments(0)
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