利休と出会う (楽吉左衛門さんの言葉から)

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僕が本当に利休に出会ったと思えるのは、
この待庵に来て坐ることと、
あとは数碗の長次郎に出会うこと、かな。
そこに利休は確かにいるという気がします。
歴史もね、
勉強すればするほどきりがないから、
もういいかなって思っちゃう。
だから、それはそれでお任せしておいて、
やっぱりこの待庵と長次郎茶碗だけが、
自分にとって利休に会える場所、モノっていうのかな、そんな気がするんです。

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それでいい、と思う。

自分で、
利休さんと出会っている。

(史実かどうかもよくわからない)歴史や、後付けの神話や、風説や、
教科書や、「その筋の権威」や、組織や、ナニやかや、
そうしたところの受け売りで、
要するに他人の言葉を自分の言葉と勘違いして、
とやかく言ったり、
既成の茶道界の枠組みの中で、
与えられたものだけで、
分かった気になっている、
そんなのよりずっとよい

そんなことは、よそさんに、お任せして、

だまって自分の眼で見ろよ、
みて、そして、黙っていろよ


そういうことなんだろうと思う
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by so-kuu | 2013-05-10 12:47 | 茶道具 | Comments(0)
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