根津美術館 那智瀧図 寿ぎの茶会 玉ぶりぶり 天明責紐釜

根津美術館を訪ねた


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「那智瀧図」

は、やっぱり、すごいな

(坂東玉三郎のお兄さんがよく仰るように)
紙は滝ではないし、
絵具は景色ではない

なのに、
この「那智瀧図」の前に立つと、
自然と、
自ずから、
敬虔な気持ちになれる


これからも、機会があれば、お参りしよう、と思う


すっかりサッパリしたところで、
2階の展示室6へ


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「寿ぎの茶会」


・香炉

は赤絵の大きなもの
バーンと幕開けだな


○瓢花入 銘 狙公(そこう) 千宗旦作

大きくて細長い瓢箪を花入れにしたもの
まあ、侘び茶らしい、ってことでしょうか


・肩衝茶入 銘 榊葉

黒っぽい薬
左に傾いている


○御本立鶴茶碗 無銘

いわゆる御本立鶴
出来もなかなか

家光の絵を手本に、遠州プロデュース、というわけで
そりゃ、当時の武家には文句ないだろうな
御本で絵入、という軽めの作にもかかわらず、濃茶にも使う、というのも、この辺の事情から来るんだと思う

ただひとつ重々しいのは、大きめでたっぷりと深い、ということかな
遠州の時代の茶の湯の好みの変化がうかがわれる一品だと思う


・赤楽富士絵茶碗 伝・覚々斎

伝、ということは、違う、ってことかな
大きくて、ガサッと手強いから、覚々斎でどう?ってところか
少なくとも、伝来がかたくないから、伝が付くんだと思う

いわゆる「伝」モノについての冷めた目での再検証、って必要だと思うなあ
いわゆる茶の湯史には神話やご都合主義が多過ぎるんだろうから


・祥瑞立瓜香合

2013年の勅題「立」にちなんで、とか
この、勅題に因む、ってのが僕にはわからない
というか、相手にしなければいいだけの話か
これまた、茶の湯産業のご都合、ってだけなんだろうから


☆竹茶杓 銘 玉ぶりぶり 織田有楽作

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下がり節で、滑らかな枉げの有楽茶杓は、艶な感じ

中節ではなく、下がり節、ってところがいいな

古風の茶杓、ということだろう

***
中節は千利休が好んだ、と広く言われているけれど
実際には、北向道陳や武野紹鴎門下生の何人かは早い段階で中節茶杓を作っていたようだ
利休神話を遠目で見れば、
数寄者の流れというのは、利休に至る系統以外にも、色々あって当然

織田有楽は、利休一派とは別の流れの茶人と言えるだろう
尾張にいる時から茶の湯をしていただろうし
奈良の松屋や堺津田宗及などとも懇意だったようだし
信長没後、秀吉に下る形となったからと言って、
秀吉の名で、利休から台子の相伝を受けたからと言って、
“有楽は利休の弟子だ”ということにはならない、と思う
有楽は、一世を風靡している利休の茶の湯を、冷めた眼で見ていただろう、と僕は考えている
この茶杓「玉ぶりぶり」をみると、そういうことを感じさせられる
流行りの宗易形茶杓でない茶杓を、あえて有楽は作ったのかもしれないし
あるいは、利休流行りなど相手にせず、ただ自分の茶の湯をしていたのかもしれない
***

ユニークなのは、節裏・節下

蟻腰とは言えないほど極端に削り込んだ節裏
畳に置くと、節上は畳に着くけれど、節下は畳から浮いている
(スケッチの点線はその意味)


薩摩文琳茶入 銘 亀尾

五月に続いて
、改めて観た


・志野源氏香文茶碗

艶あり
女性的
桃山から江戸、と言うが、時代下る?


△桐竹蒔絵棗
△大樋茶碗


○青磁色絵注連縄文茶碗

珍しい手だな
透明感ある青緑の釉肌に
細い線で注連縄の絵
カワイイ


○六角桐文銚子 高橋因幡作

鉄肌細やかで惹かれた
蓋は染付


☆古天明責紐十王口釜

ナリよし
肌よし(岩肌、赤茶色い)
実にけしからん釜

侘び茶の流行と共に取りあげられたのがよくわかる気がする
こうした天明釜の雰囲気が、
利休好み、与次郎釜のモデルにもなったと思う



展示室5 吉祥文様の焼物 Auspicious Symbols on Ceramics


◎白磁刻花蓮花文輪花鉢 定窯 11-12c 北宋時代

白磁、陽刻に、黒(焦茶)のお縁取りが効いていると思う


◎緑彩龍文鉢 景徳鎮窯 大明正徳年製銘 明・正徳時代(1506-1521)

白い地に色絵の龍が上手で、立派


◎淡茶釉三果文碗 景徳鎮窯 大清雍正年製銘 清・雍正時代(1722-1735)

薄茶地の釉キレイ
桃のシルエットがカワイイ


◎志野宝珠香合

宝珠形に、さらに宝珠の絵が書いてある


・色絵鶴亀文香合 野々村仁清作

ぶりぶり形
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by so-kuu | 2013-02-13 22:50 | 茶道具 | Comments(0)
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