茶杓を削って、知ったこと (自然とヒトとの出会いが・・・)

茶杓を削った


旅路の

一里塚として


2本組み

銘は心に浮かんでいて
そのイメージで削ってみた

参考にした先達の名杓いくつかあった

けれど

こちらの思い描いたようにはならないもの


でも満足

茶杓の姿を最終的に決めるのは、僕ではなくて、竹の方なんだな

こちらのエゴは必ずしも通用しないし

竹そのものがなるようになる、というのがやっぱり美しい


自然に、というのは実に気持ちのいいもので

自然とヒトとの出会いが茶杓を形作っているんだと知った


また

大きな気付きとなったのは、

「手を引く」ということ


(ちょうどこの間TVで楽吉左衛門さんも同じようなこといっていたっけ)


ヒトはついつい手を加えてしまう

ときに手を加え過ぎてしまう

キリのないことだし

取り返しのつかないこともある


よいところで踏みとどまって

「このくらいで手を引こう」

という見極めが出来るかどうか

頃のよいところで収められるか

それが大事だ、

ということが腹に落ちた気がする


やりすぎないこと、

程のよさということは、

茶の湯全般に言えることで

茶事の趣向においても、点前においても、

何においても、同じかも・・・


とにかく、

削りあがった2本の茶杓


これが

今の

僕だ
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by so-kuu | 2013-02-13 22:26 | 自然ということ | Comments(0)
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