「直心是道場 無虚假故」 (維摩経)

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「直心是道場」

との文句は『維摩經』の一節


***


(元文)

「佛告光嚴童子。
汝行詣維摩詰問疾。
光嚴白佛言。
世尊。
我不堪任詣彼問疾。
所以者何。
憶念我昔出毘耶離大城。
時維摩詰方入城。
我即為作禮而問言。
居士從何所來。
答我言。
吾從道場來。
我問道場者何所是。
答曰。
直心是道場無虚假故。」


(語注)

問疾(もんしつ);見舞い。
憶念(おくねん);心に思って忘れないこと。
毘耶離(びやり);ヴァイシァーリー。北インドの城市。維摩詰が住んでいた。


(読み下し)

仏、光厳童子に告げて、
汝、行きて維摩詰に詣で疾を問え。
光厳、仏に白して言く、
世尊、我れ彼を詣で疾を問う任に堪えず。
所以何となれば、憶念するに我れ昔、毘耶離大城を出る。
時に維摩詰まさに入城す。
我れ即ち作礼を為し問うて言く、
居士、何所より来る。
我が言に答え、
吾れ道場より来る。
我れ、道場は何所是と問う。
答えて曰く、
直心これ道場、虚仮なき故に。)


(現代語訳)

仏が
光厳童子に維摩詰の見舞いに行けというと、
光厳は、
私は彼の見舞いに行くことができません、
なぜなら、忘れもしません、
昔、ヴァイシァーリー城を出ようとするとき、維摩詰が城に入ってきたので、
礼をして何処から来たかと問うと、道場より来たといい、
私が道場は何処にあるのかと問うと、
清純な心がそのまま道場なのだ、うそいつわりがないから
と答えた。


***



「直心是道場」

という言葉は有名で

茶席の一行物としても、よく見るけれど


僕にとっては、

「直心是道場 無虚假故」 

全体で捉えたいもの


"虚仮なき故に”

が大事だと思う

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by so-kuu | 2013-01-01 18:00 | 茶禅一味 | Comments(0)
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