畠山記念館 利休と織部 -茶人たちの好みと見立て-

畠山記念館を訪ねた

「利休と織部 -茶人たちの好みと見立て-」展

(出品目録はこちら)


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○赤楽茶碗 銘 早船 長次郎作

「千利休が茶会を催す際、わざわざ早船で運ばせてまで取り寄せたことから、この名前がついた」とか

早船で取り寄せたので早船、という説は、“利休神話”によくある、後付けの創作逸話だろう、と僕は思っている
赤の地に表れた窯変の白い三角を風をはらんで膨らんだ早船の大きな帆に見立てての銘だろう、と感じている

「細川幽斎や古田重然らが所望したが、利休の死後、結局は蒲生氏郷の手に渡った」というのは事実らしい

さて

高台から腰への立ち上がりが直線的なのがなによりの特徴だろう
東陽坊などとも通じる
胴の立ち上がりも真っ直ぐ
内側は割とすんなり
同じ赤楽の「無一物」と比べると小さい
というか小じんまりと見える

袋の利休間道と黄色の緒もよい

*かなりひび割れて、金繕いでつないである
「無一物」がよいコンディションで現存することを有難く感じた)


☆熊川茶碗 銘 若草

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この茶碗いいなあ
嬉しい出会いだ

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さて

熊川茶碗
珍重される高麗茶碗の一種だ
代表的な名品として、「霊雲」・「千歳」・「田子月」などが知られる
釉の肌合・土味・独特の端反り形・見込の鏡などとならんで、その堂々とした雄大さも見所とされる

これらの名品と比べると、
この若草は、
ずいぶん小さい
肌も特別キレイではなく、ポツポツと粒状の荒れがみられ、シミも多い
すなわち、見方によっては下手とも言える

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けれども

「これでもいいかもな

いや、

これはこれでいいなぁ

いや、

これがいいんだな!」

若草は、そう思わせる茶碗だ

名物とされる熊川茶碗より小さいけれど、
名物とされる熊川茶碗より手取りがいい

名物とされる熊川茶碗より下手かもしれないけれど
名物とされる熊川茶碗より、茶を点て茶を飲むのにいい

若草は、そんな茶碗なんだろう

---

そして

千利休とは、そういう茶人なんだろう

武野紹鴎やその娘婿の今井宗久にも、津田宗及にも、
商人としても、名物所持の数寄者としても及ばないけれど、

松永久秀・三好長慶・織田信長・豊臣秀吉・細川三斎らの大名にも、
財力も権力も及ばないけれど、

彼らに見いだせなかった茶の湯の美を見出し、表すことが出来た
彼らの気付かなかった茶の湯の道具を見出し、使うことが出来た

そんな利休の見出した茶道具、見立てた茶道具を手にすると、ひとは、

きっと思ったことだろう

「これでもいいかもな

いや、

これはこれでいいなぁ

いや、

これがいいんだな!」

---

トップの商人・トップの名物持ちでなかったからこそ、

自分の手に入れられる物の中に、美しいモノを探したのだろうし、
そうした経験を通じて、武野紹鴎から続く、用の美・見立ての美の感覚を、利休は一層磨いたのだろう。

そして、それが利休居士をして、

“道具のための茶”から“茶のための道具へ”

という茶の湯史におけるエポック、一大転換をなさしめたのだろう。

そうして「侘び数奇」というムーブメントが、利休によって確実な地位を得たんだろう。


(熊川茶碗 名 若草 を見つめながら、思いだしながら、そんなことを考えた)

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↑この辺りは、「千利休神話」というものが生まれてしまう、ひとつの源でもある、と思うなあ。

“ものがみえているひととみえていないひとの間の齟齬”

とでも言おうか。

利休が何かモノを提示しても、言葉を発しても、本人の意図が伝わらず、受け取り手が違った解釈をしている、というケースは文献・資料にも多く観られるような気がする(のは僕だけ?)。


(「利休神話」の別の源は後世の茶人たちの勝手な都合だろうけれど)

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・信楽共蓋水指 16C

肌はいい
なりはややひしゃげてる
ただし自然範疇
(織部なんかはこういうのを面白がって、人為的にもっとももっと歪ませていったんだろうな)


◎黒棗 記三作 16C

飴色に変色
丸み強い(やや角ばった盛阿弥、紹鴎好みの棗などと比べると)


●利休好春慶塗曲中次

サラッと塗った春慶の肌合が好もしい
プレーンな、なんでもない形が潔い
閉じがすごく細かい
木地は何だろうか?
「利休好」だという根拠は何だろうか?
(「利休好」については、いちいち出典信憑性を確認していくべき、と感じている)


○共筒茶杓 千利休作

節下が左に歪んでいる
櫂先は左下がりのやや角ばった丸形(よくみる利休の茶杓と通じる)
蟻腰
筒はごく普通
スケッチした


・茶杓 千利休作

節無
櫂先は連弁形
筒は太目
スケッチした


△伊賀花入 銘 からたち

畠山記念館ご自慢の一品らしい
が、こちらのご趣味は、僕の好みとは対照的な気がする

織部風の流行から生まれたものだろう
織部・遠州・藤堂家辺りを通じて伊賀の陶工に造らせたもの、とも言われる

この辺のものって、奔放とか豪快とか言われるけれど

頼まれて作った感、があるような気が
または、こういうの作ってよ、という意図が見え透いてしまう、というか

“自然”がいいな、僕は


・伊賀三角花入 銘 松山
○備前耳付花入

「からたち」よりは、こちらがまだいい
同時代に同様な流行や注文を受けて作られたものだろうけれど、
自然さ、大らかさが残っているように感じる


・割高台茶碗

これまた織部好みの代表格とも言われる品

朝鮮の茶碗から好みのものを見出したこちらの方が、
注文して作らせたものより見やすいな、僕は


◎薩摩文琳茶入 銘 雪の花

丸っこいから文琳、なんだろうけれど
文琳、というにはちょと細長い

上から三分の二に薩摩特有の黒釉がかかっている
(僕は、黒薩摩の茶碗など、薩摩の黒釉が好きだ)
何か所か白い変化があり景色となっている
下は黒々とした暗褐色の土見
甑がとても小さく
蓋も小さい
かなり盛り上がった蓋の真ん中に小さなツクが埋もれている


・青織部菊香合

緑の織部釉を塗残して黄褐色の地土で菊の花の模様をあらわしているのが面白い


・真塗懐石碗 盛阿弥作 16C

とてもキレイに見えるけれど
本当に16C盛阿弥作?


・竹自在 千利休作 付:添状

こんなの、本当に利休本人の作?
添状あるから本物かぁ
その添状も・・・だったりして


◎沢栗炉縁 久以作

いいな、久以の沢栗炉縁
どこで観てもいいんだよな
名工、ということもいうけれど、
それ以上に、時代だろうと思う
この肌の感じは簡単には出ないんだろうな


◎圓悟克勤墨蹟 法語 12C南宋 ①
◎千利休書状 16C ②
◎南楚師説墨蹟 送別語 14C元 ③

①と②は表具が似ている

というのは、
①は一休から村田珠光に印可として贈られたもので珠光による表具、とも言われている
利休は①を賞賛した、とされており、珠光表具を参考に自らの表具を好んだ、とされている
そうした流れを受けた後世の茶人が、利休の消息を利休好みに表装した、とすれば、
①と②は表具が似ているのは、自然な流れだ

①がそういう品ではないとしても
今回、①や②から、表具の仕方の一つの流儀を感じ取ることが出来たのは収穫だった

さて

①は、上下がベージュ、中廻しが薄い青緑、一文字が濃い緑に金襴模様
②は、上下が薄い青緑、中廻しが茶、一文字が濃い緑に金襴模様

③は、上下がベージュ、中回しが濃紺に金襴模様、一文字は省略
 *一文字は省略しているのが特徴的利休の創始であり、利休好み表具と言われているらしい

いずれにしても、

・上下・中廻し・一文字(と風帯)の3つに対して、使う色目は2系統までに抑えて、その対比・調和を旨としている
・一文字(と風帯)には上下はまたは中廻しどちらかの色と合わせて、プラス金糸を配している
・一文字を省略する場合には、中廻しに金糸を用いている



(以上、備忘録)
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by so-kuu | 2012-11-10 18:30 | 茶道具 | Comments(0)
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