炉開きはいつ? その2 2012年のマイ炉開きの時季をさぐる

11月に入ってから、
自分用メモである拙ブログの
「炉開きはいつ? 茶の湯の習わしと自然ということ」
というページへのアクセスがやたらと増えている。

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この時期、お茶をなさる方、特に茶室・炉をお持ちのお茶人さんは、
“さて、我が家の炉開き、いつにしようかな?”
とお考えなんだろうな。

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・11月になれば、いつだっていいでしょ?という当世風の方もあれば。
・旧暦亥の月亥の日に、火伏せを祈って炉を開くものだ、という古式を守りたい方も。
・旧暦亥の月(十月)に拘らず、立冬過ぎの最初の亥の日に炉開き、というハイブリッド*な方もある、とか。

*注(下欄に)

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試しに、今年、新暦2012年で考えてみると。

・新暦では、すでに11月。
・立冬過ぎ最初の亥の日は、(新暦でいう)11月10日。 *立冬の入りは(新暦でいう)11月7日だったので。
・旧暦亥の月最初の亥の日は、(新暦でいう)11月22日。 *今年は七月に「閏月」が入ったので、遅くなる。

*注
旧暦は閏月が入るため実際の季節とズレが生じる場合があり、それを補うために「二十四節季」(立冬など)を併用するとよい、というのが、まあ、明治5年以前の日本の暦の考え方だろう。

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他にも、

・いわゆるお茶の先生方は、お稽古日の都合もあるかも。
・“お家元の炉開きが済んでから”という奥ゆかしい方もあるようで、いいな、と思う。
・茶壺が届いたら、なんていう、本格的なお茶人さんも、いて欲しい、と思う。

なんてこともあり。

さてさて、どうしましょ?

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って。

好きにすればいいんだな。

それぞれのお茶人さんが、今だ、とか、明日にしよう、と思った時に炉開きでも初風炉でもすればいいのだから。

茶の湯とはある意味人物観賞なのだし。

とにかく、
そのひとが、そうなら、それでいいのだ。

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で、僕は?

元々、僕は、風炉の名残を出来る限り引っ張って、炉開きを遅くしたい派。

まず、
晩秋の寂とした感じが好きだし、
“名残の茶”・“やつれの趣”が好きなのだ。

それから、
僕は月を眺めながら暮らしていて。
自分自身のバイオリズムと月の満ち欠けに、何かしらの関係を感じているので。
月の欠けゆく頃に、炉開きをしよう、という気にはなりにくい。

また、
新暦・旧暦・二十四節気などといったヒトの作った定規より、
自然そのものを見つめ、感じて、茶の湯をしたい。
だから、
暦より、柚子の実の色付きや、朝夕の息の白さ
朝晩の道で手をポケットに突っ込みたいかどうか、
自分の鼻や耳の冷たさ、気分といったものを、
よーくみてみよう、と思う。

何より、
寒い!と感じていないのに、炉を使う、ということはあり得ない。
炉は、元々、厳寒期の趣向として茶の湯に取入れられた訳だし。
この頃、真冬でも大して寒くないことが淋しくもある僕は、
新暦11月の頭に炉開き、というのにはかなり抵抗があるなあ。
なんか気分が出ない。
引っ張ってひっぱって、実際に寒くなってからの方が、炉開きというイヴェントが盛り上がる、とも思う。

「吐く息の 白く見えたり 開炉かな」

と言う感じで行きたいのだ。

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だから、

今年、2012年で言えば、

・(新暦でいう)11月22日(旧暦亥の月最初の亥の日)

を軸にしつつ、

(亥の月の)月が満ちはじめ、
木々の葉が色付き、落ちて、
柚子の実が黄ばみ、
吐く息が白くなって

僕自身のカラダとココロが、
「今だ!」
「炉にしたい!」
と呟いたら、

その時をもって、マイ炉の季節、としよう。

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それまで、

僕は、もうしばらく、

欠けてゆく月を眺めながら、落ちてゆく木の葉を眺めながら

鉄風炉に掻き上げ灰で、炭を多めに組んで

古茶を飲みたい、やつれの茶を味わいたい



(以上、2012年の僕のメモ)
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by so-kuu | 2012-11-07 18:26 | 自然ということ | Comments(0)
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