「時雨」とは・・・

「時雨」。

よく聞く言葉だけれど。

「時雨」ってどういう雨?


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「時雨」 (Wikipediaより)

時雨(しぐれ)とは、主に秋から冬にかけて起こる、一時的に降ったり止んだりする雨や雪のこと。
北西季節風下、日本海上で発生した対流雲が次々と日本海沿岸に達すると時雨があり、雲が去るとまた晴れる。
日本海沿岸を始め、日本海岸気候と太平洋側気候の境界域、たとえば京都盆地、長野県、岐阜県、福島県などでは風とともに時雨がやってくる。
時雨が降る天候に変わることを時雨れる(しぐれる)ともいう。
関東では、季節を問わず時雨のような一時的な雨のことを通り雨と呼ぶことがある。
また時雨が低温のときに変わる雪や風花を雪時雨と呼ぶ地方がある。
俳句では冬の季語となっている。

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まとめると、

「時雨(しぐれ)とは、主に秋から冬にかけて起こる、一時的に降ったり止んだりする雨や雪のこと」なんである。
また、発生の原理から言えば、秋冬に日本海生まれのちぎれ雲(対流雲)が届く地域、日本海沿岸および京都盆地・長野・岐阜・福島などに降る雨だけを「時雨」と呼ぶわけだ。
俳諧では「時雨」は冬の季語だ。


と言うことは、

春や夏の一時的な雨は「時雨」とは呼ばない。
晩秋・初冬の雨でも、降り続く雨、または一度ちょっと降っただけの雨は「時雨」とは呼ばない。
日本海沿岸および京都盆地・長野・岐阜・福島など以外では、「時雨」と言う言葉は使わないのが無難。

ということになろう。

例えば、
東京辺りに住んでいると、「時雨」という言葉の誤用に出食わすことが多いように感じる。
東京で晩秋・初冬の冷たい雨をなんでもかんでも「時雨」という人もいるけれど、そりゃ間違いだ。
そもそも原理的には東京には「時雨」は降らないのだから。
東京で降る秋冬の冷たい雨は、ただの「秋冬の冷たい雨」でいいんだろう。
また、東京で、季節を問わず降ってはやむ一時的な雨を「時雨」という人もいるけれど、それまた間違い。
「通り雨」でいいんだろう。
東京で、晩秋から初冬に冷たい雨が降ったりやんだりしたら、それは「時雨」と呼んでいいか?
それは微妙かな。


東京で、ある夏の茶席に「時雨」の掛物がかかっていたことがあった。
その日は小雨模様で、雨の時の入った掛物をご用意くださったのだろうけれど。
きっと「通り雨」という意味で解していて、ためらいなくお使いだったのだろうけれど。
お心入れに感謝しつつ、冬の季語ともいう「時雨」を夏に使うのには、違和感があった。

それで、家に帰って調べたのが、ここに書いてあることなのだ。


「楠の根を静かに濡らす時雨哉」(与謝蕪村)

ちなみに、蕪村は(句を詠んだ当時たぶん)京都に住んでいた。
例えば、有名な青蓮門院の大楠を眺めての句かも?
とか、そういうところまで読みこんだら、より面白いかも。

さてさて。

「時雨」とは、
日本側や京都などの人たちが、
降ったり止んだりを繰り返す冷たい雨に遭って、
「冬が来るなあ」と感じる、
そういう歳時記の1ページ、文化のひとひらなのである。


そして、それは元来東京の住人のものではないのだ。
ということも、しっかり肝に銘じておきたい。

地域性ということを忘れがちな昨今、
また、季節というものに対する感度もずいぶん鈍くなってしまったかもしれないこの頃、
僕らに、
「時雨」という言葉が、
何かを教えてくれるような気がする
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by so-kuu | 2012-11-06 06:50 | 自然ということ | Comments(0)
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