「煙寺晩鐘図」 伝牧谿筆 (畠山記念館)

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「煙寺晩鐘図」を観に行った

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白金台の畠山記念館
近代茶数奇者、畠山即翁のコレクション

緑の中の美術館に
靴を脱いで上がりこんで
小ぢんまりとして見やすい(品数も少ない)展示室の
畳の間にまた上がりこんで
ショーウィンドウに向かって正座して

お目当ての画と出会う

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横長の画面に
描かれた線はほんのわずか
絵というか紙の上に擦られた墨の跡というか
横に伸びたそんな描線の中に
寺の屋根がさっと描かれている
それが唯一の人工物で*
上下には薄墨が引かれ
残りの余白がハイライトのようになっている
その広がりと奥行き
そこにある空気
その場の静けさ
それがこの絵の命なんだろうな

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その絵そのものもよいのだけれど
この絵の場合、題がいい
「煙寺晩鐘図」というタイトルが絵そのものと相まって
さらに観るものにその鐘の音が聞かせている
鐘の音によって閑寂の世界が一層深まっている

題とか名とか銘とか、ってのも
上手く使えば、面白いものだ

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解説を読めば
この絵は元々は巻物に描かれたんだとか
いわゆる瀟湘八景図がさらに長い巻物に続けて描かれていた、ということ
すると
その中からこの「煙寺晩鐘」のシーンを切り取ったわけで
切り取って軸装したことの可否はともかく
その切り取り方、軸装も見事だと言えるな
金襴・銀襴の組み合わせや裂の色味の取り合わせも好印象

しかしながら
巻物として、「瀟湘八景図」としてあった作品をバラバラに分断したことには罪もあろう
根津美術館蔵の「漁村夕照図」は同じ巻物の別の部分と思われるけれど
絵の途中でバッサリ切られている
(その隣り合う部分は、なくなっているのかな?)
義満が座敷飾りのために分断し軸装したとみられている、とか
オリジナルのままの「瀟湘八景図」を観てみたかった、と思うのは僕だけではないんじゃないかな?

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ちなみに「国宝」だそうだ
伝牧谿筆、とか
足利義満の蔵印「道有」が捺されている

室町時代には、紙の色ももっと明るかったろうから
もっと観やすく、霞の様子ももっと清らかだったろうなあ

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近づいたり離れたりして
何度かこの絵と向き合ってみた

すこし離れたところから観たときに

なんかこう

風景が感じられたなあ

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僕は僕の眼でこの絵を観た
つもりだった

いろいろ言えば言えるけれど
ただ、この僕の眼と僕の体に残る感覚を大切にしたい
と思っていたはずだった

茶掛の絵の最高峰、とかなんとか
そんなことを言わず思わず
ただ丸裸の体で丸裸の絵を観た
つもりだった

けれども

このメモになんやかや書いているところを改めて読んでみると

いやいや

僕は丸裸どころではなかったんだな

「煙寺晩鐘図」そのものをみた、ということの他に

ものをみる、ということについて

ちょっとした体験と学びがあったようにも思う


以上、自分のためのメモとして




中国の水墨画山水画に楼閣や橋・舟などの人工物が描かれることが多い
それは僕にとって長年興味深くおもっていることころだ
(個人的な好みをいえば、ヒトやヒトのつくったモノがない方がいいのだけれど)
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by so-kuu | 2009-11-27 12:17 | 茶道具 | Comments(0)
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