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出光美術館へ行った
企画展示は「悠久の美」 主に青銅器。 だけれど、一部、いわゆる唐物茶道具も含んでいて。 その中に、茶入「師匠坊」があったので。 「師匠坊」一つに会いに行った。 ![]() 拝見するのは、2回目。 はじめて見た時に、なにかグッときた。 その後、いろいろと名物茶入をみたものの、 気に入るものは、めったになくて、 「マイ・ベスト・茶入」を考えてみた時に、 いつも候補に挙がるのが「師匠坊」だった。 それが、どのくらいのものか? 間をおいて、また、よーく観にいったのだった。 実によい。 なり・ころ・ぐあい が実によい。 大き過ぎず、 でも、たっぷりとしている 形は「油屋肩衝」とも通じるものあり けれど、全く違うのは、釉薬の色合・肌合 油屋は全体にかなり暗いトーンながら、メラメラとした茶釉が浮き立っている (一般には、こうした釉薬の変化や垂釉の様子が茶入の大きな見どころとされる) 一方、師匠坊の釉は、茶色一色、といった感じ 明るくはない、けれど、真っ暗でもない、濃茶色 色合いの変化はほとんどない でも、つまらなくない というのがこの茶入の名器たるゆえんではないだろうか 下の方が土見せになっているのが、個人的には好き 1か所に丸い指跡がある、釉切れのラインも見どころ 展示目録にスケッチして帰ってきた 「師匠坊」は、もと奈良・東大寺の「四聖坊」什物というところからの名で、 その後大名家を渡り歩いている。 東大寺四聖坊~ 徳川家康~ 山内土佐守一豊~ 徳川将軍家~ 藤堂高虎~ 徳川家光~ 酒井雅楽頭忠勝~ 徳川将軍家~ 紀州徳川光貞~ 徳川将軍家~ 前田綱紀 「大名物」だとは、今回初めて知った。 「初桜」などの他の大名物や利休好み・遠州好みの名物茶入よりマイナーな感じなのは面白いところ 袋は2種添っているようだ 浅黄緞子水草雁紋 間道織留 蓋二枚。 袋蓋箱、桐白木二個。 挽家、梅 中次吹雪。内箱、桐。 外箱、桐白木。 御物袋、白縮緬。 「師匠坊」 マイ・ベスト・茶入のひとつだな
根津美術館に行った
根津嘉一郎氏のご趣味は、優美といえるかな 西の北村さんと湯木さんの中間くらいに位置する感じだろうか 東には五島さん・畠山さんといったゴリッとした方も多いので余計際立つのかも また茶碗に優品多い印象あり 特別展 KORIN展 国宝「燕子花図」とメトロポリタン美術館所蔵「八橋図」 2012年4月21日(土)~5月20日(日) 展示品目録はこちら ![]() 茶苑の池にも菖蒲の花が満開だった ケータイで撮ったのをトリミングしてみると ![]() さて お出かけのお目当ては、光琳ではなくて 茶の湯のテーマ展示、「初夏の茶」 はつなつのちゃ、と読むそうだ 僕は、初風炉のサッパリとした風情が好きで 根津さんの初夏の取り合わせは?と気になった ☆土風炉 松本宗四郎作 1827年 いいな、コレ! いわゆる眉風炉になるのだろうけれど 火口が半円形、ってのがスッキリしてよし 正面の半円は円の上半分(上に曲線・下が直線) 向うの半円はその逆にしてあって、洒落てるな 灰は一文字(二文字押切)のようだ ◎雲龍釜 がのっている すんなりとなりがよい 鐶付がとても小さい 蓋は鉄共蓋に見えるが 館蔵品図録のものとは違うように見えた ○釣瓶形水指 虫明 虫明焼の釣瓶写し、とか 茶色味がかった肌に三島文のようで 涼しげ 軽妙 ○薩摩文琳茶入 銘「亀の尾」 まるっとしたなり 黒い地釉薬に、白いなだれが落ち それを滝に見立てて「亀の尾」と ○伯庵茶碗 特に季節に合った銘がついているわけでもなし 僕ならば 初風炉に伯庵は取り合わせないな もっとキリッとしたものがよいと考える 暖色で肌合いも柔らか 温かみを求めたいような時季に使うな でも、こうした取り合わせもまた面白いのかも 茶事に呼ばれても、 なるほどお上手と感心するのもよいけれど、 いやあ、こう使うか!?といった驚きとも出会いたいもの 茶碗自体はなかなかのもの 重過ぎず、決して軽すぎもしない、 立派なコレクションを持ったお数寄者ならではの、 しぶい濃茶茶碗チョイスと言えるのかな ◎茶杓 銘「五月雨」 小堀遠州作 共筒 「星一つ見つけたる夜の嬉しさは月にもまさる五月雨の空」 (古今集 読み人知らず) から取った歌銘のついた一本 節先の胡麻を雨 おっとり手元にある小さな巣穴を星に見立てて まあ、お上手 遠州公のこの手の上手さが、基本的には、あまり好きでない 時代も時代で、暇だったんだなー、と感じたりする けれど、 この1本は、なんだか、いいな 茶杓自体が美麗すぎない、のがよかったのかも ◎黒漆大棗 盛阿弥作 大ぶりで いわゆる利休形に比べて、角が少し張っているのがいい 紹鴎形に近い感じ? 黒棗が経年により透けてキレイ 溜塗のような赤茶になっている 透明感がいいなー それが初夏の取り合わせにもよいかも 古いものでも、こうして変色するものと、黒々としているものとある なぜだろう? ・割竹向付 萩焼 竹を節近くでスパッと切った、と言った感じにつくった焼き物 パッと見、自分でも作れそうな感じも面白い △鼠志野茶碗 銘「山の端」 名椀をありがたく拝見 が、スルー 美濃・織部系の茶碗にあまり興味がそそられないから いずれ楽しめる時も来るかな 但し 五月雨にけぶる山の端、とか 五月雨が止んで、山の端が見える、 という、取り合わせは風情があってよろしいな ・隅田川図 酒井抱一画 洒脱、ってところ 川面に千鳥 遠く煙る山はどこだろ? 本席の水墨画と共に、雨の風情か 茶事の最後に明らかになる茶杓の銘、五月雨に向かっていってるのかな? ![]() 茶室、「如庵」をみた。 有名過ぎるほどの国宝茶室。 知ってはいたし、写しなど見たことあったけれど、 本物は、初めてみた。 確かに、ユニークな間取り。 けれど 僕にとって さらに面白いのは、 この如庵も あの待庵も 母屋からから張り出して作られた小座敷で、 四畳半の大きさをベースに、その中を囲って作られている ということ ![]() (因みに、僕は待庵を必ずしも二畳の茶室だとは思っていない) ![]() さて 如庵 四畳半の中に 床が出っ張っている形 点前座はその分引っ込んでいる、とも言える それがポイントだと思う たとえば 堀内長生庵のような下座床小間と比べると 点前座が下がった分 床前に座る正客と亭主が対面しやすい たとえば 大徳寺玉林院の蓑庵のような「上げ台目切」の席では 正客が床前に座ると、亭主は点前中やや背中を見せることになる なので 床前に座る正客と亭主が対面しやすい、 という意味では親切なレイアウト設計とも言える または ちょっと考え方・捉え方を変えると 織部・遠州や石州にも通じる、 ”オレみろや”的な感じもあるのかなあ。 にじり口付近に刀掛がなく、 供待の一部屋に刀が置けるよう板をつけてある そこから次の間を経て母屋の書院(鎖の間)にまっすぐ通じているレイアウトも面白いと思う。 と、ここまで私見。 その他 いわゆる「鱗板」「火灯口を切った板壁」「有楽窓」なども実見。 特に、 有楽窓の障子を半開きにしておいてくださったのは、有難かった。 詰打の竹の向うの景色も、障子に映った陰の風情も、両方観ることができた。 有楽苑では、 正伝院書院(鎖の間?) 有楽大阪天満屋敷とそこにあったとされる茶室(即中斎宗匠により「元庵」と名付けられているようだ) もみられる (別ページにて) ![]() 織田有楽大阪天満屋敷茶室をみた。 元は、大阪城の北、現在の大阪造幣局(桜の通り抜けで有名)の場所にあった、とか。 屋敷と茶室と共に、古図を元に復元されたもので、 表千家の即中斎宗匠により「元庵」と名付けられている。 平四畳(長四畳)台目 とにかく平べったい、というか、細長い、というか 点前座の向きからすると平四畳だけれど、 にじり口を入る向きからすると縦長で。 その一番奥に台目畳の点前座があり、 そして、点前座の向うに床があるいわゆる「亭主床」というやつだ 風炉先下部に洞庫(道幸などとも)があるのが珍しい。 特に風炉の季節は、どうやって使うんだろ? 表千家不審庵のように、風炉の季節は隣の畳で点前するのではないかな? 客座の後ろには、二間通しでずーっと窓。 風炉先の上部にも窓あり。 亭主床に光を届けるための工夫だろう。 なによりユニークなのは、火灯口(給仕口)が馬鹿デカく、二枚障子でドーンと開く 必ずしも給仕口ということはなく、客が次の間から広間へ移るためにも使える、というのかも。 また、細長い四畳の狭苦しさを解消するために、場合によって、開け放つのかも、とも感じた。 さて いわゆる千家流とも、武家流とも、違う、この織田有楽の茶室。 とても面白く拝見した。 なんか、自由だ。 いわゆる形が定まる前の、茶人それぞれの創意が茶の湯の楽しみであった時代の様子が垣間見えるような気がする。 そして、 僕は、なぜか、織田有楽の茶の趣味が、割と好きなのだ。 嗜好がちょっと似ているのかも? 利休さんや織部さんを別に崇め奉ってない、ってところも自然で結構。
樂美術館に行った
![]() 春期特別展 ”樂歴代の名品 秘蔵の長次郎を見る 利休所持・利休の婿 万代屋宗安伝来黒樂茶碗 「万代屋黒」” その ・ 「万代屋黒」 ![]() 赤楽? と思うようだった 薄暗い展観室の赤みがかった照明のせいかも その位、 黒楽が赤楽に見える位、 肌がカッセカセ 何と言うか かりんとうみたい というか 黒砂糖が乾いたような感じ いわゆる長次郎形と言っていい ユニークなのは 高台が高い 他に ・筆洗形黒楽茶碗 道入(のんこう)作 面白い手 でも 北村美術館所蔵の同類品の方がよいと思う ・香炉釉井戸形茶碗 常慶作 は久々に観たけれど なんか、いいな 樂茶碗、とか楽家がオーソリティーになる前のモノ、って感じがする 井戸茶碗が流行っている、といえば、井戸茶碗を作ってみる ってのは、健全じゃあないか うちは楽家だから轆轤は使わない、とかいうのは、創作において足枷でもあると思う 僕個人は、ものづくりをするひとに対して、茶人の好みを押し付けたくない、と思ってる 作り手が自由につくったものに、茶の湯に使いたくなるようなものがあったら、取り上げればよい 創成期の数寄者はそうであったろうし だから茶の湯が面白かったのかも 好み、という楽しさもあるのだけれど 当然ながら、その前提に「目利き」である、ということがある そんなことを、ちょと想った 一方で 長次郎を意識した、 五代・宗入の作風・作品が、 僕は好きだったりもする 今回も一碗みた 先日、東京・京王百貨店に出た 黒楽茶碗 銘「安分」 宗入作 の方がよかったかな アレは、すごくよかった 4時を過ぎてお邪魔したので ゆっくり観られなかったけれど 光悦の筆など、いろいろ拝見 展示品目録はこちら 帰りに 武者小路千家 中村宗哲家 の前を通って 今出川に出て、 京都駅へ 抹茶・和菓子・漬物などを買い込んで、 名古屋へ (茶の湯の旅2012春は、犬山・名古屋編へつづく・・・)
大西清右衛門美術館
季節の特別展は、「茶の湯歳時記」 鮎地文撫肩釜/初代大西浄林作 がよかったな。 撫肩の釜の肌に鮎が沢山泳ぎ回っている 初夏によい けれど 釜は完全に炉の釜だ 昔は 季節について 今のような形でうるさくなかった ということもあり また 鮎(魚)は子沢山という意味で縁起物なのだ、という であれば、季節を問わず使ってよし、とも言える、とか 解説に そんなことが書いてあった 7階の茶席2つも面白く拝見 ベランダの小さな露地(茶庭)も コンパクトで メンテが楽そうだな 2階受付脇の寄付もステキ 床には 「花下一壺酒」 吊釜・鐶・鉉には桜の象嵌 炉縁も桜 お花見だ 炉の灰の形がよかった 四隅からの掻き上げはキリッとして 灰は火袋は丸くて 釜底との距離も近めで 少ない炭で湯が湧きそうだ 時間がなくて さらっと観た ご親切に MKタクシーさんを呼んでくださったが なかなか来ずに 外で拾った
野村美術館
野村証券の創業者、野村徳七(野村得庵)のコレクションを集めた美術館。 今回の企画展は「かなの美」がメイン。 さらっと拝見。 地下階に併設の館蔵品展が「早蕨の茶」。 ○野々村仁清作 長肩衝茶入 銘「存命」 ![]() この、ながーい茶入を実見しに、南禅寺畔まで。 本当に、長い。 ウィンドウ越しに指で採寸し、帰ってから指を定規で測ったら、 14センチ強! 添えてある説明書きには、 「天目台にのせた茶碗の高さとバランスがとれるように、金森宗和が指導か。」とか。 お公家さんなどとの付き合い上必要だったのかな。 まあ、バランス取らなくてもよかったんだろうけれど。 面白いモノが生み出されたものだ。 これだけ長ーい異様な茶入だけれど。 形・バランスは、すっとキレイ。 胴紐は高い位置にずらしてあり。 釉は総掛けでなく、下の方で干網形の土見せとなっている。 その辺のセンスが、やるなあ。 宗和?仁清? さすが、かも。 他に ・蕨蒔絵膳・碗 酒井抱一下絵、原羊遊斎塗、とか。 ![]() 小間にしつらえた道具も立派だった。 が、印象に残るものはあまりなし、かな。
南禅寺内、金地院の、茶室「八窓席」をみた。
金地院は、 徳川家康のブレーンとして知られる、以心崇伝の寺で。 徳川家光の命により、 小堀遠州が、普請を担当した寺そうだ。 東照宮を望む鶴亀(蓬莱山)の庭も、遠州による。 茶室「八窓席」も小堀遠州デザイン。 蹴上駅から野村美術館へ向かう途中、 通りがかりに観に行ってみた。 「縁側ににじり口」というのを実際にみて、使ってみたかったので。 ![]() 方丈の裏手にまわり。 外腰掛から、まず縁に上がる。 すると、左手に茶室のにじり口がある。 また、正面には二枚引戸があって、いわゆる鎖の間のような部屋に通じていて。 入ると、その脇に茶室への引戸もある。 貴人は、この2枚の引戸を通って席入り出来る、というわけだ。 自身が江戸時代に生き残った大名であり、江戸幕府にえらく気を遣った、遠州らしいデザインと言えるだろう。 さて、茶室の中は。 これまた、遠州らしい。 ディテール省略。 ![]() 茶道口の裏の一室は六畳。 ![]() さらに二畳ほどの水屋が張り出している。 六畳でも茶が出来るようなっている、とかで。 本席の真裏に奥行きのごく浅い床がつくってある。 その分、本席の床の奥行きもやや浅くなっている。 水屋から出て点前すると逆勝手下座床、ということになるか。 個人的の感触としては、この六畳自体が豪華な水屋というところか、と感じる。 好きか?と言えば、 全然好きじゃない。 けれど、邸宅の中の茶室のレイアウト、の参考にはなるかも? 東京・練馬の広徳寺さんは、遠州のお墓もあるそうで。 最近建てた茶室も、遠州流で、「縁側ににじり口」とか。 また、刀掛をつけることに、こだわったそうだ。 遠州さんは、実際にはあんまり刀使わなかっただろうけれど。 それでも、やはり、刀掛にこだわる、というのがおもしろい。 それは“武家流でござる”というアピールなのかな。
北村美術館の春・秋の企画展示は、茶事形式で楽しい。
都合が合えば観に行っている。 2012年春は「野遊の茶」。 ・寄付 ・懐石(魯山人作品で、テーマとは必ずしも関係ないが) ・薄茶席 ・野点席 からなる。 見ものはいろいろあったけれど。 ・野点の釜まわり が楽しい。 地面に、三本の木を組んで立て、 蔓で薬缶を吊るし、 松葉と小枝で湯を沸かす趣向 その三本の木の樹種を違えてあるのが、さすが。 北村謹次郎氏の茶名は「宗親」だそうで。 “立木を見る”と書く「親」の字を名乗るとは、いかにも林業家としての矜持を示している。 四君子苑でも、材木が大きな見ものだけれど、野点の仕立てにも唸らされる。 そして、何より ・古雲鶴手筒茶碗 銘「疋田筒」 ![]() が素晴らしい! 大名物、という肩書は僕にはどうでもよいけれど。 ビックリするような出会いだった。 なんとも、キレイな器肌の色。 一般にくすんだ青緑というイメージがあった雲鶴手だけれど。 「疋田筒」は、いわば、ブルーグレーだ。 明るく、淡い青みの、その発色が実に潤っている。 その色合い、肌合いが、みずみずしくて、ひどく印象に残った。 他の名物「挽木鞘」なんかと比べて、筒茶碗としては、背は低めで、 半筒くらいの感じが、また奥ゆかしいようで、よかった。 展示を観る前に、北村邸「四君子苑」を観た。 春の特別公開中だったのだ。 その話は、別のページで改めて… ![]() 京都・賀茂大橋の畔から大文字を見渡す、 北村謹次郎邸、「四君子苑」を訪ねた。 出かけたのが、春の特別公開中だった。 素晴らしい! なんというのかな、 感じがいい、 というのか、 気分がいい、 というのか、 お好みに、共感できる気がするのだ。 古来の名茶室は沢山ある。 近代以降のお数寄者さんの茶室や邸宅も色々ある。 その中でも、 この「四君子苑」には、 なんだかとても惹かれるものがある。 理由は、自分でもよくわからない。 見どころは、これまた、沢山って。 とても書ききれそうにない。 とりあえず、思い付くままに。 ・数寄屋群・・・北村捨次郎(数寄屋の名工)により1944年完成 (戦後、GHQによる接収期間を挟んで) ・住宅棟・・・吉田五十八(昭和の建築家)により戦後に設計された もちろん、数寄屋群が素晴らしい! けれども、住宅棟にも、それはそれで見どころあり 特に、住宅棟は数寄屋群と庭を観賞するための建築だ、と考えると、よく出来ている。 今回一番の発見で、勉強になったのは… ・小間「珍散蓮」の給仕口 ![]() ユニーク。 例えば、堀内長生庵のようなオーソドックスな禿口の給仕口でもなく、 例えば、玉林院・のような、白太鼓襖2枚でもなくて、 茶道口は普通の白太鼓襖方立口なのだけれど、 給仕口がすごく幅広の炭色紙の太鼓貼襖! 襖だけ見ると、常識・定石を外れたモノなんだけれど、 その壁面から床への面全体を考えると、すごくキレイに納まっているように感じた。 白の戸一枚と黒い壁だけのようにスッキリ見えて。 その黒い壁が実は襖(襖よいうより可動壁という感じ)で給仕口になっている、という仕掛け。 ![]() さらに。 その茶道口・給仕口の奥に畳一枚あり。 2枚の襖を外すと、少し広々する。 ![]() 客人数が多い時などのための工夫だそうで。 古田織部の燕庵を参考にしたとか。 相伴席にはしにくい位置にあるけれど、茶室全体の雰囲気が変わって面白いかも。 敷居と鴨居が目立つかな?と思ったが、そうでもない。 いいかも! 珍しい給仕口。 亭主の好みや、 その茶室ならではの事情からくる、 その席だけの工夫。 それこそ、数寄屋。 楽しい。 (続く・・・)
湯木美術館を訪ねた。
湯木貞一さんの好みは、 なんというか、昭和の数寄者の一典型、という感じがする というのは、僕だけかな? 志野やら、黄瀬戸やら、仁清・乾山やらを賞翫する、割と華やかなイメージ。 料理人さんだから、そういう風になりやすいのかな。 2012年春の企画展は 「名物記に載せられた茶碗と名碗たち -高麗・樂・国焼を中心に-」 お茶碗。 何かよい出会いがあればいいなー、と思って出かけた。 ○大井戸茶碗 銘「對馬」 ![]() 口辺に1か所ニョキッと出っ張りがあるのが特徴だな。 上手、とは言えない。 但し、全体には、形もなかなかによい。 口径は15センチを切る割りに、大らか。 ◎彫三島茶碗 銘「外花」 僕は彫三島は好きで、良く観るけれど。 これはいいなあ。 いわゆる、外花の手で、銘も「外花」。 肌は赤い系、静か、おとなしい。 自然に開いたなりが、端正で実に好もしい。 見込底には窪み有。 ○志賀焼熊川形茶碗 對馬の産。 形は熊川のようで、カワイイ。 肌は玉子手風。 雨漏あり。必ずしも好みではないけれど、汚らしい感じはないかな。 △古唐津茶碗 銘「富士」 鬼熊川風の形。 ゆがみ、というか、ひしゃげ、というか。 ○色絵武蔵野文茶碗 仁清作 面白いデザイン、というところか。 名作「片男波」ほどではないけれど。 白釉の流し掛けがキレイ。 素地がほの赤いのも、優美。 茶席再現展示の道具組みも面白かった 特に印象的だったのは… ・自在 真塗大徳寺棒 益田鈍翁所持 塗の棒の自在。 木地の鄙びた自在でないのも、面白いかも。 ・炉縁 昔形栗投 如心斎判 ほとんどが面取、という感じの投栗。 志野「広沢」とか、 柿の蔕とか、 長次郎、とか、 色々あったけど、 とりあえず、以上。
藤田美術館。
藤田傳三郎のコレクションは、いわば”S級品揃い”。 類品の中の2番手、というようなものでなく、 そのジャンルの頂点に立つような品ばかり、 という印象あり。 所謂「近代の数寄者」の中でも比較的早い世代の人物だからだろうか? 僕の好みに合うか、と言えば? それは、モノによる。 さて。 2012年春の特別展は、 「藤田傳三郎の軌跡」。 傳三郎の十三回忌茶会の道具組を再現するという趣向。 仏教美術品が多い。 また、伝来や銘などが仏教に関連するものが多数取り合わされた茶会だったようだ。 個人的には、”法事の茶なら、仏に関するもの取り合わせりゃいいんじゃん”みたいは、安直で面白くない、と思う。 目についた道具をメモる。 ・古井戸茶碗 銘「老僧」 ![]() まあ、小井戸だ。 肌は、まあ、井戸。 井戸らしい色。 けれど、やや暗めで、ちょっと荒れてる。 シミもニュウも多い。 高台まわりのかいらぎがすごい けれどちょっと剥がれていたりする そしてなにより、高台径が大きいのが特徴かな 命銘はひょうげもの古田織部。 「老僧」の箱書が織部の字という感じがした。 追悼茶席の本席に相応しい格のある茶碗を、と取り合わされた、とあったが。 それほどのものでもないような気がする。 のは僕だけかな? これは、きっと、通好みな一碗なんだろう 「老僧」の凄みは老練な茶人でないと判らないのかも 茶境というものがあるんだな ◎武野紹鴎作象牙茶杓 紹鴎ってもっと研究されていい、と思う。 千利休(を顕彰したい人達)に手柄をずいぶん横取りされているように思うし。 例えば堀内宗心宗匠は武野紹鴎を茶人の理想像の一つとして挙げていた。 さて、彼の象牙茶杓 優美ー! キレイー! 遠州のキレイとは違って。 飾らずとも、それ自身が謙虚にして豊満、といった感じ。 ○焙烙灰器 長次郎作 オリジナル、って感じ。 形はちょとゆがんでいる。 好きか?と言えば、好きじゃない。 ・竹茶杓 藤村庸軒作 美竹使用でキレイな感じ。 宗旦でなく、遠州の影響下の品。 ・沢蟹蓋置 いわゆる「七種蓋置」のオリジナルか。 元は筆架。 転用・見立ての初期数寄者による一例として観た。 取り急ぎ、以上、備忘録。
2012年04月
●大阪 藤田美術館 湯木美術館 ●京都 北村美術館 四君子苑・珍散蓮 南禅寺金地院・八窓席茶室 野村美術館 大西清右衛門美術館 樂美術館 ●犬山 有楽苑 如庵・正伝院書院 元庵・有楽天満屋敷 ●名古屋 徳川美術館 熱田神宮
たまに聞く話:
「春には炉中の灰も多くなってくるので、五徳をはずし、透木釜を用い…」云々 …これは俗説だろうな だって、 茶の湯では、なにより火相・湯相に心するもので であれば灰の量は、茶事の度に、使う釜に合わせて、毎回微調整するものだろう 段々増えてくる灰をそのままほったらかして、釜を替えるのだ、 なんてのは、随分怠けた話だし、 町の茶道の先生が思いついたような、いかにも後付けの説明のような気がするなあ (第一、しっかり尉を取り除いて、ちゃんと灰を育てていれば、そうそう炉灰も増えないと思うけれど) さて 灰の量は、 釜底中心から火袋の底までの高さで決めるべきものだろう 即ち、 灰の量は火袋の深さが肝心で、 (炭が寸法通りの大きさであれば) 常に、 ・炉なら三寸強、 ・風炉なら三寸弱(二寸五分強) になるように調整すべき 改めて整理すると、 「春には炉中の灰も多くなってくるので、五徳をはずし、透木釜を用い…」 と灰の量によって使う釜を替えるのではなくて、 むしろ、 ・火の気を見せないために透木釜を使うなら、底が浅いので灰を増やす ・火力を減らすためにで湯の沸きやすい小さな吊釜を使うなら、縦長なので灰を減らす と釜に合わせて灰の量を調整し、 火袋の深さを常に最適化するのが道理だ もちろん、 釜(と五徳)一つひとつ形が違うのだから、灰の量も、釜ごとに調整するのであって、 それはなにも3月4月だけの話ではないはず 茶の湯の世界には、語り継がれるうちに、本質を離れてしまったような逸話も多いような気がするな まあまあ 要するに よーくみて、道理をわきまえて 松風を楽しみ 美味しいお茶を飲みたい というお話でした
茶の湯では
炉・風炉その他に 灰を入れ 炭をつぎ 水を沸かして 一服の茶を点てる その火相・湯相は 茶の湯の命でもある そう思う この 【カテゴリ】 湯相・火相(炭・灰)では そうした 茶の湯におけるエネルギー問題 そして できれば この星に棲む僕らのエネルギー問題 について書いてみるつもりです ![]() 大寄せ茶会に行ってきた。 「大寄せ茶会は茶の湯ではない、と思っている」 http://sokuu.exblog.jp/16494232/ とここにも書いたけれど。 大寄せ茶会にも、私の茶の湯に向けて、学ぶことはあるものだ。 いくつもの席に釜がかかっていた、そのご亭主それぞれに、いろんな茶の湯がある。 客ぶりもまた、それぞれ、いろいろ。 そして、僕自身が茶会で感じることも、年々変わってくるのが面白い。 (詳細は、追って書き留めてみようと思う)
茶の湯の灰について、研究している
勉強会に行ってきた ・入門編 灰匙の使い方 ・基礎編 灰づくり ・中級編 風炉の灰形実践 に続く、 ・特別編 炉灰について 茶の湯の灰は、茶人本人が作る道具 亭主の心入れと長年の丹精が表れる 「わび茶」の美学を端的にあらわすもの、とも言えるだろうな 心して、よーくみて、存分に味わおう 楽しんで、灰と付き合い、灰を育てよう、っと (・・・詳細は別の機会に・・・) ![]() 茶事があった ご亭主から声がかかり、半東をさせて頂いた 半東の立場から、半東の眼で、茶事をみてみると 亭主として茶事をするのとも 客として茶事に臨むのとも また違ったことが見えたように思う 学びも多い、有難い機会だった (追って書きつけていこうかな。) ![]() *** "When you hear music, after it's over, it's gone in the air. You can never capture it again. " ... Eric Dolphy, from his album "Last Date" 「音楽を聴き、終った後、それは空中に消えてしまい、二度と捕まえることはできない」 …エリック・ドルフィー、アルバム『ラスト・デイト』 *** 茶事も同じだな。 ![]() ある紳士が、男の装いについて言った *** 注意深く選び きちんと仕立て ちゃんと着ること そうして一度身につけたら 服のことは忘れなさい 決して人前で自分の着装を気にする素振りを見せたりしないこと ネクタイやジャケットの襟・シャツの袖などに度々触れてはいけない *** たまに思いだす、この言葉。 そして、これを「茶事」の亭主の心構えに当てはめてみると、また非常に面白い。 即ち… (…またの機会に…) ![]() バレエ・ダンサー、ルパート・ペネファーザーの言葉: *** 私は、生来運動好きで、いつも自分を最大限に駆り立てるのが大好きだった。学校では難読症のために読み書きが苦手で、集中できずに教室での時間を過ごしていた。いつも足をそわそわ動かして、まわりの生徒みんなに迷惑をかけていた。しかし、ダンス・スタジオに入ると、そのエネルギーを解放し、言葉を使わずに自分を表現することができた。 バレエとはコントロールすることであり、私は、ひとつひとつのポジションを完璧に取るということを楽しんでいる。奇妙に聞こえるかもしれないが、全ての努力はスタジオで練習しているときに行うもので、舞台に立ち、2000人の観客の前で踊っている時は、リラックスしている。 演技をしている最中は最高に幸せで、それは私にとっての逃避だ。その短い時間だけは日常生活のストレスが頭から消え去り、我を忘れる。私の最大の目標は、観客にも同じような逃避を体験してもらうことだ。けれども、ひとつミスをすれば、せっかく浸っていた瞑想の世界から突如弾き出されてしまう。 私にとって、踊ることは瞑想のようなものだ。あるいはロック・クライミングのようなものとも言える。バレエ以外で、自分がしていることだけに集中し、他のことが一切頭に浮かばないという感覚を経験したのは、あの時だけだ。 まさに、今この瞬間だけを生きる感覚だ・・・。 *** うーん、very zen 茶の湯とも、当然、通じてる 茶の湯も、居合も、動中の禅 ずっと、そう感じている 体カラダと心ココロ 形と心 静中の動、動中の静 稽古と本番と、ということ 言葉を使わずに語り合う、ということ 今を生きる、ということ バレエもきっとそうだろう シルヴィ・ギエムさんにも ![]() 田中泯さんにも ![]() そういうことを感じていた 生、ということに根差した営み ならば 同じものが流れているんだろう ルパート・ペネファーザー 彼のダンスも観に行きたいなあ ![]() *** 奇妙に聞こえるかもしれないが、 全ての努力はスタジオで練習しているときに行うもので、 舞台に立ち、2000人の観客の前で踊っている時は、 リラックスしている。 *** (ルパート・ペネファーザー、バレエ・ダンサー、Dunhillのコマーシャルでのエッセイより) ・・・茶事の亭主をするのと、全く同じだ。 ![]() Alfred Dunhill VOICE campaign ダンヒル ヴォイス・キャンペーン が面白い それは、こういうことだそうだ: *** VOICEについて 「ボイス」キャンペーンは、有名人や名声に関する話ではありません。「ボイス」は、年齢もバックグラウンドも様々でありながら、それぞれ際立った何かを持っている真のジェントルマンについて語ります。自分の選んだ分野で偉業を成し遂げ、謙虚さと品位をもって活躍し続ける人々。憧れに値する不朽の価値、すなわち、思いやり、献身、信念といった資質を体現する人々。才気にあふれ、啓発的で、原動力があり、人を引き付け、そして、自分の意見も、欠点も、語るべきストーリーも持っている人々。印象的なモノクロの肖像写真と示唆に富むインタヴューを通して、「ボイス」は、衣服の内側にある人柄をとらえ、彼らをかくも並はずれた存在にしているものは何かを垣間見ようとしています。 *** いいじゃない 「数奇者」とは? 「胸の覚悟一、作分一、手柄一」とは一体何をさしている? なんてことを考える上でも、まったく示唆に富んでいる、と思う そう だって 本物の「数奇者」であるなら 「真のジェントルマン」 または 「真のレイディー」 だろうもの
「茶会への招待―三井家の茶道具―」 展(三井記念美術館)を観に行った。
全体に、三井さんのお道具は、きれいなものが多いな。 古いものでも保存状態がよいものが多い。 そういうものにしか手をつけないんだろうな。 さすがである。 さて。 今回、僕の眼玉が出会ったお道具は… ①霰姥口釜(辻与次郎作) よいものって、ピシっとしてて、ゆるみ・だらしなさがない。 ということを感じさせてくれた。 特に姥口から蓋の立ちあがりにかけての曲線がキリッと決まっている。 ひとつ、疑問に思ったのは… 当然付け替えているであろう底の部分がやや厚いこと。 胴から続いて裾すぼまりなのはよいとして、全体のシルエットがほんのちょっと縦長に過ぎるように感じた。 オリジナルの底の方がわずかに薄かったのでは?というのが僕の見立て。 ②横物「老来無力且座喫茶」(如心斎筆) 迫力のある筆致。 表千家七代・如心斎天然宗左宗匠の気魄を感じる。 「老来無力且座喫茶」横物の左いっぱいまで書いて、署名は途中の余白に入れている。 「老来無力且座喫茶」の文句とその筆勢のギャップがなんともオモシロイ。 その言葉の裏に、己の境涯に対する強烈な自負を感じたのは僕だけだろうか? ③染付汲出 地肌・青絵の部分ともに、色が深い。 寄付からしてこんなのなら、その茶事に対する期待も膨らもう、というもの。 黒漆の給仕盆に載せると、器側面の色みがより深くなるのも面白かった。 その他… ○真塗棗 保存状態と言えば、この棗がとてもキレイだった。 黒が黒々として。 古い黒棗では、経年変化で色抜けして茶色がかったものが「時代」として珍重されることもあるけれど。 伝来もしっかりして時代も確かなものの中で、これだけ黒いというのは、保存状態のよさによるのでは。 こういう品が、本当の意味でのキレイな品というのかな。 ○灰器 南蛮内渋 銘「月」(松平不昧所持) 大振りで。 さんぐり素朴で。 炉の湿し灰をたっぷり入れて持ち出したら、座がほっこりするだろうな。 ○釜鐶・灰匙(利休所持) いわゆる利休形だけれど。 その“何の変哲もない”感じに、今回は、なぜかとても感心した。 自分の境涯によって、ものの見え方は違うんだなあ。 ○十二支釜(大西家初代・浄林作) 優美。 芦屋・天明とは明らかに異なる。 京の都の雅な釜の誕生、という感じかな。 肌がとても滑らか。 ○唐物肩付茶入 銘「遅桜」 そりゃあ、立派。 でも、僕の茶の湯には無用のものかな。 ○薩摩茶入 銘「甫十」(小堀遠州好) 茶入は、袋も見どころだ。 今回は、裂と緒の色合わせが勉強になった。 遠州好みのテロリとした七宝形耳付のひさご形茶入には、全く感心しない。 けれど、袋がよかったな。 金色宝珠の裂に、金色の緒。 同色の組み合わせもいいなあ。 他の茶入れでは、青系の裂はどれも紫の緒、緑の袋には海老茶の緒だったかな。 ○高取面取り茶碗(遠州好) 遠州ついでに、「高取面取茶碗」。 遠州好みの道具の中でも、珍しく僕も好きな茶碗。 僕は半筒形の茶碗だどうもすきらしいのと。 釉薬のマッタリ感と釉の切れた腰あたりの焦げとのコントラストが好き。 先日、「上田宗箇 戦国武将の茶の湯」展で観た、薩摩半筒茶碗 銘「雪友」もとてもよかった。 半筒形、大きな高台、釉薬の掛け分け、など、やっぱり遠州好みかな。 ○名椀いろいろ 「卯の花牆」 「俊寛」 といったいわゆる名椀も多数出展。 けれども、贅沢なことに、あちこちで度々観るもんだから、見飽きてしまって。 もともと、好みでない、ということもある。 志野「卯の花牆」 斗々屋「かすみ」 は景色の多い楽しい茶碗であることはわかる。 「俊寛」 は長次郎の中では僕の好きな手ではない。 (先日観た「破れ窓」は実に僕好みだった) 楽茶碗は、濃茶練ってみて、飲んでみないと、なんとも言えないか? ○如庵写し の展示スペースを観ていて。 気付いたことがある。 中柱付向切席であるが、吊釜用の蛭釘が天上に打ってある。 千家流の茶の湯では、道安以降、 “台目席など、中柱がある席では、吊釜をしない” (鎖と中柱と2つの縦ラインが並ぶのはイマイチだから) と言う。 とすると、やっぱり「織田有楽は千利休の弟子ではない」のかな。 (僕はそう思っている。) (この辺のところ、ご存じの方にご教示願いたいところ。) ![]() 稽古場にて 大先生に点前をみて頂いた 旅箪笥で炉の薄茶 湯を茶碗に入れ、柄杓を釜の口に落として柄を置こうとしたら、ちょっとやりにくい すると、すかさず大先生・・・ *** そう、 釜が甑口(こしきぐち)だから、 柄杓の合は釜の口の中に落としていいんです。 でも、今、 柄杓の柄が低くなってしまって扱いにくいでしょ。 釜と五徳の据え方がいけないのね。 もうちょっと釜が高くなるようしないと。 正しくは、柄杓の柄と炉縁の隙間に指1本入るくらい、と言うんです。 そうなるように五徳と釜の高さを調整するんです。 それからね、 炉縁の高さが低いでしょう。 畳の縁と水平か、ともすると炉縁の方が低く見えますよ、今のでは。 正しくは、炉縁は畳より1分高くする、と言うんです。 ほんの1分、ほんの1分だけれども、大きな違いなんですよ。 あなたね、 お茶というものには、そういう“決まりどこ”ってのがあるんです。 お茶人ってのはそういうところを見てるんです。 特にお茶事のお正客からは良く見えるものですよ。 お点前も大切だけれど、それだけでいい、というものではないんです。 お点前なんてのは、流儀によってずいぶん違うし、少々間違えたってよろしい。 そういう茶の湯の「きまりどこ」をピシッと決める。 そういうことが大事なんです。 あなたは、お茶というものを一生の楽しみにしていくんでしょうから。 そういうことを一所懸命お勉強なさい。 *** (大先生語録より) 追記: 畳と炉縁の高さについては、「面一(つらいち)」=同じ高さ、とする流儀もある。
2011年11月
●大阪 藤田美術館 東洋陶磁美術館 湯木美術館 ●兵庫 香雪美術館 頴川美術館 ●京都 大西清右衛門美術館 樂美術館 茶道資料館 北村美術館 野村美術館 ![]() Q:他の茶人と最も違うところはどこですか。 A:茶事をたくさんしています。 Q:茶事は他のみなさんもしているのでは……。 A:一度に何百人も呼ぶ「大寄せの茶会」はしても、少人数の正式な茶事をしている方は現在少ないのでは。 茶事をしない宗匠もいるといいます。 「茶事こそ茶人の本番だ」と語る父の背中を見て育ちました。 大寄せの時代は終わりました。 着物姿で緊張した人がずらっと並んで右や左を気にしながらお茶をいただくのは、本来の姿ではありません。 作法ばかり気にする今の茶を再生するには、茶事を続け、本当のお茶の良さを知る人を増やすしかないでしょう。 「フロントランナー・セレクション」(WEBサイト「DO楽」)より http://doraku.asahi.com/hito/runner2/110920_03.html *** 武者小路千家の千宗屋氏の言葉。 「大寄せの時代は終わりました。」と言いきっているところがいいじゃないか。 僕は、茶の湯の未来を背負うつもりも、茶道の再生・普及・振興を目指している訳でもないから。 時代が終わったかどうか、は僕にとってはどうでもよいけれど。 大寄席茶会は茶の湯ではない、と思っているし。 茶事をしない人は茶人ではない、と思っている。
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